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ここ最近のメモ
ARCHIVES (ここ最近のメモ)
2026.0615 月
土曜日の午前中。 人生で初めてレベルの 急激な大雨に遭遇しました。 車の行き先に 大きな雨雲がそびえている。 きのこのようなかたちで 大地から生えているような、 それは モンスターにも見えた。 その中に入っていく。 チープな例えで言うと SF映画のようだった。 うなるようなくぐもった 雷鳴が響き渡る。 ちょっとした目玉焼きくらいの 雨粒がフロントガラスに落ちてきて それがわかったあたりで 激しいスコールになった。 空が光る。 まもなく雷の音がする。 こわい。 こわいけれど、 なんだろうか この非日常な光景を目にして どこか ウホウホする自分がいる。 雨が激しすぎて ふたりで笑った。 動画に撮ってみたりもした。 車は雷雨とともに移動した。 目的地の父の施設は晴れていた。 感心したのは カーナビの便利さだった。 天候状況までお知らせしてくれる。 ナビに激しいスコールの 全体が確認できたことが 安心につながったと思う。 ナビも進化している。 ありがとう。 あの嵐が 夏をつれてきたように思う。 かきまぜて いっさいがっさい洗い流せ。 いらないものは捨てろ
2026.0612 金
このサイトについて あらためて考えています。 はじめは わたしの好きなことを ひとつに詰め込んで 自分ひとりで 更新していく感覚だった。 たんたんと ネットの空き地のような場所で 毎日、種を蒔いているような感じ。 自分のややこしいとこなんだけど、 人に見せる体裁をやってるのに、 ひとりもこなくてもいいし 誰にも見られなくてもかまわない。 そんな感覚があった。 頑固なポリシーというよりも、 ただやりたいだけだったので、 その先のことは たいして考えていなかったのだ。 しばらく 平日毎日更新を続けて いつのまにか たくさんのメモがある。 さっき見てみたら その数、1150にもなっている。 単位は、本でいいのかな。 1150本。 数を目標にしていないのだけど なんかちょっと感慨深い。 稲を1本ずつ植えたとしたら タタミ「2畳」くらいの 田んぼの広さなんだって。 そう考えると まだまだたいしたことない。 ちなみに、 2畳くらいの 田んぼで収穫したお米は ごはん茶碗20〜24杯くらいだって。 米粒で数えると 84,000粒になるみたい。 なぜ、稲にたとえは
2026.0611 木
覚えておかないと 損したような気になるけれど 本気で覚えようとしない。 SN Sで流れてくる ロープの結び方の動画。 見たことあります? ロープ1本で いろんな結び方があって もやい結びとか 巻き結びとか ほどけなくて実用的で いつもすごいと思うんです。 アウトドアや防災 もしものときに役立つ。 そうなんだけど 1回見ただけでは ぜんぜん覚えられない。 もしものときに役立つという スイッチだけ残ったまま そのスイッチは ちっともオンすることがない。 役立つ記憶があるばっかりに 覚えてないことで なんか損をしている感じもある。 やっぱりね 手を動かさないと 覚えられないんですよ。 カラダを使って覚えたことって 身に付く感覚がある。 忘れても思い出せる。 忘れてもいいって、安心です。 強いよね。 知識や情報は ぜんぶ外に置いておいてもいい。 なにをしたいか、どうしたいか 選ぶ感覚を 純粋に磨いておきたい。 そう思うんです。 知らなくても困らない。 実は ほとんどのことがそう。 まして、損もしないよ。 損得をはじめからあおるものは たいしたものじゃない
2026.0610 水
あれ なんなんでしょうね。 SN Sで、経験している方も けっこういると思います。 投稿したコメント欄に まったく知らない外国の方から 友達リクエストを 要求されるあのモヤモヤ。 ついこの前、facebookで ライブの告知を投稿したんです。 めずらしく コメントがついたと思ったら 外国の方だった。 名前がアラビア文字っぽい。 それはぜんぜんかまわない。 ウエルカム気分で 目を通してみたら なんかあやしいんだよね。 あなたの プロフィールと ユーモアのセンスに感銘を受けた。 友達リクエストを送ったけれど うまくいかなかったから 私に友達リクエストを 送ってくれませんか? という内容が 日本語で書かれていた。 なんで? 正直にわいてきた感情だ。 いくつかの わからないモヤモヤが 渋滞しているような気持ち。 まず、 ユーモアをほめられるのは うれしいけれども 感銘を受けるほどの プロフィールは書いていない。 そして、誰? なぜ、ぼく? あといちばんのモヤは ぼくの投稿と まったく 関係ないこと言ってる違和感だ。 これが犯罪の手口か なんなのか興味ない
2026.0609 火
そんなことあります? というはなしをします。 昨日、 出先でランチをしたときの出来事。 午後イチから 専門学校での文章講座があるため その前に さくっと食べたいと入ったお店。 女性ふたりで 切り盛りしていて 活気があるというか とにかく忙しそう。 カウンターに座り メニューを頼みたくても なかなかタイミングが合わなくて 5分くらい待ってたんです。 混み具合と お店の人の余裕のない感じから なるべく 早くできそうな料理を ふむふむ見当つけていたんです。 エビピラフとか チキンライスあたりがいいか。 そこらへんに絞りつつも、 もう帰ろうかなと思った矢先、 オーダーを聞かれたところ、 「お客さん始めて? その裏面じゃなくてね 表面にあるメニューが うちのオススメだから そこから選んで」 と言われまして、 そんなことあります? というはなしなわけです。 思わず、表面の 鉄板ナポリタンを オーダーしていました。 ほかのオススメは ナポリタンの上に カツがのっているSPだとか、 大扱いで掲載していたので イチオシだとは察しましたが、 ちょっと時間がか
2026.0608 月
昨日は、 ひよこまめで歌ってきました。 汗だく。 ロックンロールは、たのしい。 どこを切っても たのしい夜でした。 ひよこまめとは ぼくが活動している 2人組バンドです。 歌とギター、 打楽器のカフォンという編成で、 ぼくは 歌とギターを担当しています。 ハーモニカとカズーも吹きます。 かれこれ 17年くらいやっています。 今、調べました。 わりと、長い。 数字を知ると、びっくりします。 続けられているのは なぜなのか考えてみると、 たのしいからです。 そして、 何も決めていない。 目標も持っていない。 それが 自分に 合っているのかもしれません。 始まったら終わって 消えてなくなる。 まぼろしみたいな時間に なにか惹かれるものがあります。 Liveという「生」の体験。 よくもわるくも その場でリアクションがわかる。 その感触が好きです。 仕事が 書きものなので ライブ感の反応って乏しいんです。 それもあるのかな。 バランスを とっているのかもしれない。 趣味でやっているのだけど ただの趣味じゃない感じ。 プロもアマも関係なく 人前に立つという意
2026.0605 金
いま、なんか飛んでたな。 父が言った。 彼は今、 特別養護老人ホームにいて パーキンソン病で レビー小体認知症がある。76歳。 幻視という 存在しないものが見えるという 症状があると言われている。 いま、なんか飛んでたな。 父がそう言ったとき うん、なんか飛んでたと答えた。 はなしを合わせたわけではない。 偶然かもだけど、 ぼくも 同じことを感じていた。 ただ言わなかっただけだ。 なんかの 光の反射かもしれないし、 なんかしらの エネルギーみたいなもの なのかもしれない。 鳥でも虫でもない。 不確定で 一瞬のことだったし 今べつに 関係ないから ぼくは言わなかった。 父は、 なんか飛んでいた。 そう感じたことを 言葉にしただけだ。 症状のひとつなのか 思ったことを 口にするようになっている。 言う言わないの パッキンがペカペカしている。 そのせいか お前、いい顔しているな。 歳を重ねた男の顔に なってきたぞ。 なんて言ってくることもある。 もともと 口数の少なかった父に そんなこと言われたのは 初めてで 照れくさかったけど うれしかった。 彼は
2026.0604 木
蜂が入ってきまして。昨日。 事務所の窓を開けていたら、 いつの間にか わりと大きな蜂が飛んでいる。 今年もそういう季節か。 実は、 蜂が入ってくることに すっかり慣れています。 かれこれ、 15年くらいになりますか。 この事務所は 毎年、蜂が入ってくるんです。 そうなんです。網戸がないんです。 あたたかくなってきて 窓開けたくなると 入ってくるんです。蜂が。 たぶん そんなこと書いた投稿が アーカイブにあると思います。 はじめは びっくりしました。 傷つけずに 捕獲して逃す技も身につけました。 でも、不思議なもんで もう驚いたりしない。 気になったとしたら いつものマルバチじゃないけど、 わりと大きな蜂だな。 ということくらい。 そこ? 自分でも可笑しく思えた。 はじめましてー なにしにいらした? 話しかけています。 ヤバめ。ファンタジーおじさん。 その新顔の蜂は 事務所をくまなく飛び回り また同じ窓から出ていきました。 入ってきたら 出ていくんです。 ただそっと 見守っていればいい。 でもどうして 入ってくるのかは よくわからない。 網戸をつけ
2026.0603 水
言葉なんて、なかった。 もともとは、なかった。 いつくらいのことだか 忘れてしまったけれど、 言葉がなくても なにも困らなかった時代がある。 以心伝心。 テレパシーみたいな感覚だろうか。 そのメカニズムはわからなくとも、 なんかできていたんだと思う。 AIが登場しては、 パソコンが登場しては、 なにかと、 旧来の大切な概念や 人間の持つ能力みたいなのが 薄くなるような 嘆きや懸念を耳にする。 言葉や道具がなくても 大丈夫だった時から考えると もうとっくに薄くなっている。 言葉が生まれたとき 文字が登場したとき その爆発的な便利さと裏腹に 人間が退化してしまう感覚を 持ったんじゃないかなあ。 それはもう 今の比じゃないだろう。 ワシの若いころはよ 文字なんかなかったんだ。 今の若いやつは なんでも文字にしやがる。 目を見ても いまいち伝わらないんじゃ。 なんて想像をする。 旧来をやってきた 自分を守るために 新しいものを嘆く人は どの時代にでもいる。 あらためて、考えると 言葉は、便利だ。 気持ちを伝える手段として 今はもう欠かせないものだ。 でも
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過去12カ月のメモ
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