top of page
ここ最近のメモ
ARCHIVES (ここ最近のメモ)
2025.1205 金
真冬きた。さっぽろ。 朝、窓を開けて 真っ白な景色を見て驚くの いまだに好きです。 こっそりわくわくします。 さて、来週の金曜日は 「書くのが楽しくなる文章教室で みんなでお茶するかい」です。 2回目です。楽しみです。 どんな人が マッチするのかと言うと 文章を書いてなにかしたい。 書きたいと思っている人です。 もっと、こうしたい。 なのに、なんかできない。 もっと、のばしたい。 だから、わかりたい。 文章表現の苦手な部分 文章表現の得意な部分 どちらも 自分でわかることで わたしのやりたいを 発揮することができます。 ぼくは そのお手伝いをしたくて たまらんのです。 コピーライターとして20年ちょい。 プロとして身につけた 知識と技術、経験を あなたにシェアしたい。 どうしたいか どうすればいいか その場にあがった疑問に ヒントを差し出すことができます。 お茶会という形式で 気さくにお話しをしながら 文章について考えていたら 自分のことも気づいてくる。 わたしの できてることが見えてくる。 できてなかったことも 実はダメじゃなかったとわかる。
2025.1204 木
冬がびしっと、 存在をアピールしてきました。 俺の寒さはこうだぜって、 誰におかまいもなく。 さっぽろ、 それくらい急激に真冬です。 いやあ、 ぼくが子どものころ ずいぶ大人だったなあと 思い出したんです。 なんなら 小3くらいがいちばん大人だった。 真面目だし、 いや、真面目というと フィットしないのだけども、 純粋さのもとに 失望を抱えていた気がする。 世の中に対して 怒りを覚えていた。 この世はちっとも 美しくないって、憤っていた。 同時に、 善悪に対する線引きに 厳しい基準を持っていた。 その力みに疲れてね、 はっきりできないこともあるし だいたいでいいんだって そう思うように切り替えた。 小6くらいかな。 達観していたとも言える。 ちっとも、子どもらしくない。 周りの大人が 本当のことを言っているのか 心にもないことを言っているのか ぜんぶ見抜いていた。 見抜いているのを 気づかれないように 子どもらしくする術も 身につけていたと思う。 なぜそうなったのか。 しっかり、わかった。 父と母。 いちばん身近な大人が 大人げなかったからだ。
2025.1203 水
ワンツースリー!の12月3日。 去年の今日、 memonoはリニューアルしました。 1年、あっという間。 この とりとメモないメモは 平日毎日更新してきました。 たんたんと続けています。 なにを書くか決めずに 書きたいことを 日々、ひとつずつ。 気がつけば、 1000を超えていて 我ながら驚いています。 誰もいない空き地に そっと置いておくように 続けていましたが ちょっとした森くらいになってる。 森は言い過ぎか。林くらいかな。 瓶に手紙を入れて 海に流すような感覚もあります。 まだ会ったことのない 誰かに届いたらいいなあ。 そんな気持ちで 手放していくような。 始めたころは 誰も読まなくてもいいくらいの 気持ちがありました。 これまで そっと続けてきて そっとしつつも もっと知ってもらいたいという 欲が出てきました。 積極的な希望が ふつふつと湧いてきています。 対談やインタビューとか 読みものも増やしたい。 memoの軸が育ってきたら memoとのコラボができる。 一本の木に 人や動物、昆虫や植物が 集まるような場所を わくわくして想像してい
2025.1202 火
しわっす! 昨日、毎年の恒例として 師走のアイサツを 元気よくしたのですが、 財布を落としているんです。 日曜日。酔っぱらって。 財布には マイナンバーカードから クレジットカード、 銀行のキャッシュカード、 よく行くお店のポイントカードまで もうまるっと全部入っている。 落としたことによる、 不便の洗礼を浴びています。 酔っぱらって なくしてしまったという 言い訳もできない滑稽さに じわりじわりトホホな後悔が ちらちらと顔を出してきます。 でもね この財布を落としたという出来事を ぜんぶリセットからの 新たなスタートだととらえたい。 その先に 新たな豊かさが入ってくるんだ。 と思う自分もいます。 ただ、その度合いが そう思いたい。 きっとそうに違いない。 ってくらいの強度なんです。 まじりっけなく 疑うことなく思えてはいない。 しょうもなさに ダメ出ししたい自分。 実質的な手続きの多さに かんべんしてほしい自分。 年齢を重ねての 財布の中身の重みもある。 それらの 本当に感じてしまう気持ちを 無理に叱咤激励なんかせず そう思っていいと 寄り添い
2025.1201 月
しわっす! 今年も、12月がやってきました。 実感まだ薄いですが、師走です。 せっかくなので 1年を振り返ったり かみしめてみましょう。 ぜんぜんできなかったでも かなりやりきったでもいい。 今年のわたしを わかって、ねぎらって やりたいことが浮かんでくるはず。 よくやった。 それを 認めてあげたいですよね。 そうして 来年のことが じわじわ楽しみになってくる。 よくやった!が これからの 挑戦してみたい気持ちに 心強い土台をつくってくれる。 褒められても 励まされても 自分が認められないと 本当に心から思えないものです。 受け取れない。 それは 自信がないでくくられがちですが 実は、その奥に 遠慮深かさや、謙虚さだったり 目標基準を高く設定していたり こわさもあったり 何かを守っていることもある。 鬼コーチなんかいらない。 いつまでも認めてくれず、 萎縮して 際限のない努力を課して 徒労感に包まれてしまう。 リーダーでもあり 大ファンでもあり 応援団長でもあり 大親友でもあるような 一緒に走ってくれる わたしとしっかり 手を組んでいけたらいいな
2025.1128 金
「天丼ってジャンクなもの」と、 耳にして驚いた。 SN Sで流れてきた動画のこと。 言いたいことは 油ものだけど、 あっさりヘルシーに食べられる みたいな内容だと思う。 つまり、 この天丼は ほかとは違うと知らせたい。 なのに、 表現を間違っている。 天丼は ジャンクなんかじゃない。 そんな しょうもない素人の言葉に 腹を立てなくてもいいのだけど 無神経な失礼さに 呆れつつ、がっかりする。 言葉は変わっていくものだ。 そう思っているし、 正しさで厳しい目線の パトロールをしているつもりは ぜんぜんないんだけど、 天丼はジャンクじゃないと これからも断言していたい。 おもしろくしよう。 インパクトあたえよう。 イイネもらおう。 その気持ちはあっていい。 その気持ちが強くなりすぎると そもそもの気持ちと 関係なくなっちゃってしまう。 本質からズレる。 うまく言おうとすんな。 それは いつも自分に 言い聞かせている。 そこを 大切にしているから そうじゃないものに 敏感なんだよね。 これはね もう、しゃあない。 だって、 そこを大切に 頑張ってきたんだ
2025.1127 木
コンビニエンスストアって わりと便利ではない。 変化が訪れている気がする。 なにより、ちょっと多い。 多くなりすぎて薄れている。 と、ぼくは感じる。 北海道民だからというのも 差し引きしても ぼくはセイコーマートが好きだ。 どこかの、おぼっちゃんが スーパー・コンビニの 買い物袋の提供を撤廃したけど セイコーマートは 袋をくれる。 そして、袋に入れてくれる。 店員さんの詰め方はていねいだ。 主婦の方が多く 細かな気配りが行き届いている。 そこに、安心を感じる。 そうじゃない路線を強化していく コンビニエンスストアもある。 どっちを好むかだ。 やっぱり 前々から言っているのだけど お会計して セルフで袋に詰めているとき レジで立たれているあの間が じんわりと苦痛だ。 役割を終えたなら去ってほしい。 目の前にただ立っていることで 手伝わない感じになってしまう。 それら もろもろセルフの導入と 現在の店舗や形態が マッチしていないのだと思う。 過去のモットーで確立した 店舗というハードに これからのやり方が ぜんぜん合わないのは しょうがないことだと思
2025.1126 水
もう、流れています。 クリスマスソングが。 スーパーやコンビニに クリスマスの装飾も見かけます。 早くないかな。 せめて、 12月になってからで いいんじゃないかな。 なんて、思ってしまう。 そんなこと 言ってられない。 なぜなら、商売だから。 そう、 ビジネス。 どういう理由か仕組みか 知らないけれども そういうことなんだと思う。 早いほうがいい。 速いほうがいい。 そんなことなのかもしれない。 でも、どうなんだろう。 そこに、情緒がない。 そこに、愛嬌がない。 なんて、思ってしまう。 それが商売の すべてではないと思っている。 それがすべてだとしたら ご遠慮したいとも思っている。 24時間営業が すごいだろ?って 時代があって、 いつでも戦えますか?と サラリーマンが問われていた。 休みたいなんて 言い出せない空気があって、 血のションベン出して一人前とか わりと本気で言ってる人もいた。 なんかおかしい。 ちょっと合わない。 もっと言うと そんなもの クソだと思っていた。 時代は変わる。 実はもう、 とっくに変わってきている。 クソみてえな世
2025.1125 火
2674──。 これ、なんの数字かわかります? 実は、 ごはん茶碗一膳分の お米の数です。 ごはん、130gの量。 小盛りくらいのイメージです。 粒、そんなにあるのか。 考えたことがなかった。 昨日、 みんなでつくるかい の献立教室 ごはんの回で知ったんです。 ごはんの量って、 文字通りに、 どんぶり勘定で認識していました。 大盛りも小盛りも、お茶碗一膳。 それが、 粒の数を知ると 質量の感じ方が変わるんです。 不思議です。 しかも、 実際に数えたんです。 参加者の皆さんの ふだんのだいたいの ご飯一膳分を130gとして みんなでわけっこして 米粒を数えました。 知識として聞いただけなら へえ、そうなのね。 くらいだったと思う。 でも、実際に数えたから インプットが体感になった。 作業中、沈黙が続くほど みんな真剣に米粒を数えて ちょっとシュールだったけど、 そんなこと、めったにしない。 とても貴重な体験でした。 あとね お米って「種」だったって 初めて知りました。衝撃。 なんだろう。 お米は、お米として よくもわくるくも 深く考えていなかった。
ARCHIVES (過去12カ月のメモ)
過去12カ月のメモ
たくさん読んでくれて、
ありがとうございます。
bottom of page
