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WORDS (詩・小説)


週末の
閉店間近の喫茶店で 天使がさぼっている 窓際に戸惑いのシルエット 小魚に小骨を埋め込む手術 呪術のような無実の儀式 チキンナゲットに祈りを込め 小手先の優しさに決別を誓う 手羽先の持つところを残して 毒入りのナチョスを味見する スパンコールのかわりに...


明日
飲み残されたビールの未来はオレタチが思っているほどヤワじゃない。射的で奪取できなかったエロジッポのため息は、静かに子供たちの耳たぶをかすめる。パテシエがこぼしたスペシャルソースは、乙女たちのハートではなく脳ミソに悪知恵をほのめかす。間違ったバイキングは、おかわりされない。お...


パーティー
そらみた 青ざめた ためになった なかなかのなかになれ マシンガンが火を吹いて パーティーが幕を開ける アドベンチャーの記憶を 清潔なシーツに染めよう 酒瓶を天に放り込み マグマの蓋が割れる 一斤の角食に掲げたネッカチーフは 大いなる自由の印 すべてはまわり続ける...


ストリート歩く
ザラメの雨だ 日ごろのおこない そんなの知らない 傘なんか持たない 安っぽい紙吹雪が舞い散る 又聞き人生のエキストラたちに 無感情の別れを告げよう 自分の言葉を手に入れて 気がすむまで沈黙しよう あなたの声を耳にした気がした ふりかえりくりかえし探した ...


チャコールの
チャコールの。 よく似合っている。 とても。 うれしそう。 なのにどうでもいい 天気のハナシして アタマかいてる。 たぶんバレてる。 空は晴れてる。


友よ
機嫌よく在りたい できれば自然に。 痩せ我慢をしてもだ。 まずは 機嫌よく在りたい。 時々は かき乱されることもあるだろう。 それは、承知。 ガセーのは、無視。笑止。 機嫌よく在りたい。 そんで、君にわけたい。 機嫌よく在りたい。 死ぬまで。 たとえ...
過去のメモ
ARCHIVES (ここ最近のメモ)
2025.1128 金
「天丼ってジャンクなもの」と、 耳にして驚いた。 SN Sで流れてきた動画のこと。 言いたいことは 油ものだけど、 あっさりヘルシーに食べられる みたいな内容だと思う。 つまり、 この天丼は ほかとは違うと知らせたい。 なのに、 表現を間違っている。 天丼は ジャンクなんかじゃない。 そんな しょうもない素人の言葉に 腹を立てなくてもいいのだけど 無神経な失礼さに 呆れつつ、がっかりする。 言葉は変わっていくものだ。 そう思っているし、 正しさで厳しい目線の パトロールをしているつもりは ぜんぜんないんだけど、 天丼はジャンクじゃないと これからも断言していたい。 おもしろくしよう。 インパクトあたえよう。 イイネもらおう。 その気持ちはあっていい。 その気持ちが強くなりすぎると そもそもの気持ちと 関係なくなっちゃってしまう。 本質からズレる。 うまく言おうとすんな。 それは いつも自分に 言い聞かせている。 そこを 大切にしているから そうじゃないものに 敏感なんだよね。 これはね もう、しゃあない。 だって、 そこを大切に 頑張ってきたんだ
2025.1127 木
コンビニエンスストアって わりと便利ではない。 変化が訪れている気がする。 なにより、ちょっと多い。 多くなりすぎて薄れている。 と、ぼくは感じる。 北海道民だからというのも 差し引きしても ぼくはセイコーマートが好きだ。 どこかの、おぼっちゃんが スーパー・コンビニの 買い物袋の提供を撤廃したけど セイコーマートは 袋をくれる。 そして、袋に入れてくれる。 店員さんの詰め方はていねいだ。 主婦の方が多く 細かな気配りが行き届いている。 そこに、安心を感じる。 そうじゃない路線を強化していく コンビニエンスストアもある。 どっちを好むかだ。 やっぱり 前々から言っているのだけど お会計して セルフで袋に詰めているとき レジで立たれているあの間が じんわりと苦痛だ。 役割を終えたなら去ってほしい。 目の前にただ立っていることで 手伝わない感じになってしまう。 それら もろもろセルフの導入と 現在の店舗や形態が マッチしていないのだと思う。 過去のモットーで確立した 店舗というハードに これからのやり方が ぜんぜん合わないのは しょうがないことだと思
2025.1126 水
もう、流れています。 クリスマスソングが。 スーパーやコンビニに クリスマスの装飾も見かけます。 早くないかな。 せめて、 12月になってからで いいんじゃないかな。 なんて、思ってしまう。 そんなこと 言ってられない。 なぜなら、商売だから。 そう、 ビジネス。 どういう理由か仕組みか 知らないけれども そういうことなんだと思う。 早いほうがいい。 速いほうがいい。 そんなことなのかもしれない。 でも、どうなんだろう。 そこに、情緒がない。 そこに、愛嬌がない。 なんて、思ってしまう。 それが商売の すべてではないと思っている。 それがすべてだとしたら ご遠慮したいとも思っている。 24時間営業が すごいだろ?って 時代があって、 いつでも戦えますか?と サラリーマンが問われていた。 休みたいなんて 言い出せない空気があって、 血のションベン出して一人前とか わりと本気で言ってる人もいた。 なんかおかしい。 ちょっと合わない。 もっと言うと そんなもの クソだと思っていた。 時代は変わる。 実はもう、 とっくに変わってきている。 クソみてえな世
2025.1125 火
2674──。 これ、なんの数字かわかります? 実は、 ごはん茶碗一膳分の お米の数です。 ごはん、130gの量。 小盛りくらいのイメージです。 粒、そんなにあるのか。 考えたことがなかった。 昨日、 みんなでつくるかい の献立教室 ごはんの回で知ったんです。 ごはんの量って、 文字通りに、 どんぶり勘定で認識していました。 大盛りも小盛りも、お茶碗一膳。 それが、 粒の数を知ると 質量の感じ方が変わるんです。 不思議です。 しかも、 実際に数えたんです。 参加者の皆さんの ふだんのだいたいの ご飯一膳分を130gとして みんなでわけっこして 米粒を数えました。 知識として聞いただけなら へえ、そうなのね。 くらいだったと思う。 でも、実際に数えたから インプットが体感になった。 作業中、沈黙が続くほど みんな真剣に米粒を数えて ちょっとシュールだったけど、 そんなこと、めったにしない。 とても貴重な体験でした。 あとね お米って「種」だったって 初めて知りました。衝撃。 なんだろう。 お米は、お米として よくもわくるくも 深く考えていなかった。
2025.1121 金
今、カフェーにいます。 そこで、これを書いています。 壁側のカウンターおひとり様席で、 ノートパソコンを開いて、 店の無料Wi-Fiにつないで、 ほうじ茶ラテの Lサイズを注文しました。 だからなんだってこと書いてますが 自分にとって、 珍しいことやっているので ちょっとこの不慣れさを リアルタイムでお伝えしています。 この場所が うしろに人がいないとか けっこう広いということもあり 落ち着かないわけでもない。 ただ、うっすら気恥ずかしい。 この うっすら気恥ずかしさは どこからくるのだろう。 そもそも ノートPCを開いてるけど たいしたことしていない という前提は置いておいて。 不慣れなことしている。 それもある。 ああ、ちょっとこれか。 もしかしてだけどね、 ぼくは カフェでノートパソコン開いて なんかしている人を どこかで 小っ恥ずかしいと思っていた。 そんなふしがあるなあ。 ごめんなさいね。 これは ぼくの個人的なしょうもない 勝手に感じているものですのでね。 紐解いてみたくなったんです。 小っ恥ずかしいと思っている。 その反面には ちょ
2025.1120 木
今日の空 なんだろう、おだやか。 大晦日あたりの 大きな節目のような すーっとして落ち着いている。 この前、 蕎麦屋さんに行ったときのこと。 ランチする店を探していて なんかおいしそうだったので そこにしようと決めたんです。 初めてだったけど すでに人気のお店のようで ランチ終わりそうな時間でしたが 賑わっている感じ。 雰囲気がいい。 注文したのは、親子そば。 なんかうれしくなったんです。 木のお膳にのっていて 薬味のネギと揚げ玉が 添えられていて。ちょこんと。 ネギはたっぷり、 その切り口がきれいで、 小鉢の蓋を開けると 小粒の揚げ玉とご対面。 揚げ玉がついでじゃないし きっと、ここの天ぷら おいしいんだろうと期待できる。 盛りがよくて、上品だった。 もちろん 蕎麦もおいしい。 つゆがどうとか 麺がどうとか それは語らない。 今これを書いていて また食べたくなっている。 で、思ったんです。 この蕎麦、 喜ばせたいがあふれている。 細部にまで宿っている。 なるほどだった。 厨房からは にぎやかな声が聴こえる。 忙しい昼どきなのに そのにぎやかさに
2025.1119 水
がツンと、冬。 舞い散る雪を見て ウインターシーズンの始まりを しっかり受け止めました。 冬は嫌いじゃないです。 やっぱり、好き。 おいしいものが多いよね。 なので 米がすすみます。 そうそう、来週 24日(月•祝)と25日(火)は みんなでつくるかいの献立教室。 テーマは、ごはん。 冒頭からのスムーズな つなぎだったでしょうか。 日本の主食、お米。 田んぼでお米になるところから お家でごはんになるところまで 知っているようで 知らないこと 献立教室の まんなかのところをお伝えしたい。 と、インスタの 告知文を引用しました。 主宰のたまちゃんの 静かな熱い想いが伝わってきます。 農家のお手伝いも経験して 偉大な苦労と喜びを体感した 彼女だからこそ 伝えられることがあると思います。 そのひとつ、 ごはん一膳に お米なん粒あるかを みんなでやってみたい。 と、聞きました。 思わず、 聞き直しましたが、本気です。 平熱で少しクレイジー。 本人の瞳は、まっすぐでした。 もう、楽しそうです。 わたしは わたしが選んだ 食でできている。 その選ぶ基準の やわ
2025.1118 火
冬だなあ、もう。 陽射しのそれも 空気のふるまいのあれも そう、冬。 包みこまれた秋のしっぽが わりと少し出ている。 父親を わかりあえない生き物と ぼくは、幼少期に決め込んだ。 昨日、ここに書いた たらちり事件 が その決め手だったと思う。 わかりあえないので 相談相手として 考えたことがなかった。 言っても わからないだろう。 また、ガサツな意見を つきつけられるだろう。 そう思っていた。 だから、頼らなかった。 瞬間湯沸かし器のように怒る。 ヤクザみたいな言葉を使う。 怒鳴り声が大きい。 暴力をふるう。 いつも 会社に行きたくないと言っている。 ファンキーな母親(嫁)の 言い分を黙って聞いている。 友人がいない。 そんな父の 背中を見て育った。 ぼくは 見下すことで 自分を守った。 そして、いつしか 父を かわいそうな人として 見ていたと思う。 家庭の長である 父との希薄な関係性。 希薄というよりも こちらから拒んでいる関係性。 それは 社会に出ると 仕事に反映されていた。 社長に嫌われる。 なにかしらの団体の 長にあたる人物と合わない。
2025.1117 月
ふぐを食べました。 昨日。51歳にして初めてのこと。 息子の大学合格祝いです。 家族3人で、ふぐを食べました。 合格祝いは何を食べたいか 遠慮しなくていいからと 尋ねてみたらば ふぐを食べてみたいと まっすぐに言うわけです。 食べたことがないからと。 そうかそうかと 予想外の答えに 少したじろいだりもしました。 なぜなら ぼくは ふぐを食べたことがない。 うまい店も知らない。 そもそも 食べたいと 思ったことがなかった。 なぜなら ぼくは、刺身とかの 生ものがそんな好きではない。 だいぶ楽しめるようには なってきているけれど 回転寿司で ツナサラダなんか 喜んで選ぶほうだ。 20歳くらいまで 刺身を食べてこなかった。 その理由は たぶんわかっている。 子どものころ 刺身が食べられず断ると 父親に 「こんなうまいもの食べないなんて 人生の半分を損している」と そのたび何度も言われた。 いま、ていねいな表現で書いたけど もっと、雑な言い方だった。 それが めちゃくちゃ腹が立った。 まず、 刺身くらいで損をする人生なら そもそもの基盤が貧弱である。
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