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2026.0630 火

  • 10 時間前
  • 読了時間: 2分

どうやら自分は、

なんとも名前のつけにくい、

もしくは、名前がないような、

そんな、ものやコトが

好きなんだと思います。


コピーライターとして

言葉になる前の想いに

耳を傾けることを

20年と3年くらいやっている。

耳に傾けて

言葉にととのえる。

または

言葉にしない。という判断もある。


「memono」という

自前のサイトをリニュアールして

この冬でまる2年になります。

前身のサイト「studio memo」が

2021年に始めたので、

かるく5年くらい経っていて、

マイペースながらも

けっこう続いているんだなあと、

人ごとのように感心します。


ここで平日毎日書いていることも

なんだか

これということでもない

日常のなかにある

さっと流れてしまいそうな

タイトルのない出来事が多い。

それを

心の出来事と総称するまでに

とても時間がかかったと思います。


好きで撮っている写真も

日常の風景というか

名前のないような

目に映った景色を集めている。

これもね

どんなの撮ってると聞かれると

もにょもにょごにょごにょした

説明になりがちでした。

風景写真というほどの

立派な自然なわけでもなく

劇的瞬間を

おさめてるわけでもない。

言葉にして説明すると

なんか地味でつまらなそうで

聞いた人を

満足させられないような

もどかしさがありました。


「THE」なになにという

明確にくくられない感覚に

なんなら

もうしわけなさもありました。


でもね

つまりは、

そういうのが好きなんだって、

自覚したら

「そういうの」でもいいやって

なんかスッキリしたんです。

そこがスッキリしたら、

なんとでも伝えられる。

日常のエッセイとか

手に届く範囲の風景写真とか

あるていど

誤解されても

わかりやすさを

差し出せるようになりました。

もにょもにょ

ごにょごにょよりも

知ってほしい欲求が

強まったんだと思う。


でもなんで

こんなにも

日常のなんでもないようなことが

好きなんだろう。

これおもしろいかもって

見つけては

教えたかったんだ。

それは誰に?

原点をたどったら

お母さんだったんです。


世界はおもしろいよ。

なんでもない

この瞬間もたのしいよ。


それを

教えたかったんです。


この前ね、

母の命日だったもので、

なんか思い出しました。

14年前、

ポプラの綿毛が舞う

夕焼けが真っ赤な

くそ暑い日でした。


今日もごきげんでありましょう。







▶︎ 言葉と心の文章教室

自分の気持ちを、自分の言葉で書けるようになるレッスンです。



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