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2026.0914 月
日曜日、 事故現場を見たんです。 クルマでの買い物帰り よく通る道で 消防車やパトカーがいて その先を進むと 損傷の激しいクルマが 視界に入ってきました。 そのとき クルマから 目が離せなくなっている 自分がいました。 日常の光景に 救急車やパトカーを認識して じんわりと警戒体制に入って、 事故車両を確認したときに その原因が このクルマだったとわかる。 と、同時に びっくり度合いが急激に上がる。 そのあとは、 状況を把握したい欲求の強さと 事態のわからな指数が比例して 目が離せなくなっていたのです。 こわい。でも、見てしまう。 大丈夫? どうなってるの? なんで? ほんの数秒だったけど 無意識に わかろうとしていた 自分がいたんです。 わからないまま クルマは進み、 ショックが残る。 そして めっそり 気が落ちました。 ただ買い物帰りなのに……。 不意打ちのような 巻き込まれてしまった感。 こわかった残像を抱いたまま とにかく無事を祈る気持ち。 脳みそって、ふしぎです。 自分の意思に関係なく 突然の恐怖に固定されて 確かめようとはたらく感覚。
3 時間前
2026.0630 火
どうやら自分は、 なんとも名前のつけにくい、 もしくは、名前がないような、 そんな、ものやコトが 好きなんだと思います。 コピーライターとして 言葉になる前の想いに 耳を傾けることを 20年と3年くらいやっている。 耳に傾けて 言葉にととのえる。 または 言葉にしない。という判断もある。 「memono」という 自前のサイトをリニュアールして この冬でまる2年になります。 前身のサイト「studio memo」が 2021年に始めたので、 かるく5年くらい経っていて、 マイペースながらも けっこう続いているんだなあと、 人ごとのように感心します。 ここで平日毎日書いていることも なんだか これということでもない 日常のなかにある さっと流れてしまいそうな タイトルのない出来事が多い。 それを 心の出来事と総称するまでに とても時間がかかったと思います。 好きで撮っている写真も 日常の風景というか 名前のないような 目に映った景色を集めている。 これもね どんなの撮ってると聞かれると もにょもにょごにょごにょした 説明になりがちでした。 風景写真と
6月30日
2/7(土)
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