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2026.0901 火

9月。 今日からだって。本当? 実感がないったらない。 今月は いくつか、お知らせがあります。 まずは、ひとつめ。 memoがイベントに出ます。 シルバーウイークの最終日 9/23に開かれる御幸通り市場。 「言葉の喫茶室memo」で ふつふつと話題の 「ことばくじ」で出店します。 自家製ジンジャーエールなど、 ドリンクの提供も予定しています。 今回、 memoの事務所があります space1-15の枠で 出させてもらうことになりまして、 このおはなしをいただいた SnowMoon bake shopさんはじめ、 同じマンションのテナントさんが 数店そろって出店します。 詳細は改めてお知らせします。 次は、 ぼく、ハシモト ミノルの音楽活動 ふたり組バンドひよこまめによる 自主企画のLiveイベントをします。 舞台は、 多目的喫茶店アイビィという 北海道近代美術館の向かいに建つ 蔦の葉がめぐる素敵な喫茶店です。 Akkoさんのイベントに行ったとき グリーンの豊かな店内の雰囲気と 大きな窓が印象的で この空間で歌えたら たのしいと思ったんです。 ふら

2026.0831 月

秋めいています。さっぽろ。 しっかり感じる。 いい週末を過ごしたあとの ほかほか余韻が生きてる 週明けの朝を迎えています。 日曜日、 伏見稲荷神社さんの 例祭へ行ってきました。 メインの目的は、餅まき。 こりゃめでてえなというわけで、 ウホウホと馳せ参じましたよ。 早めに到着して備えていましたが 待機場所を遠くにしてしまって 並んだときすでに、ほぼほぼ後ろ。 特設ステージでやるのかと 勝手に勘違いしていましたが 境内の本殿前の真正面でした。 それでも なんかウホウホたのしい。 うれしい&なつかしい はじまるテンションです。 勢いよく餅が空を舞うと 歓声があふれます。 その光景に見とれてしまいます。 ふと気づくと わりと後ろだったもんで ぜんぜん餅が届きません。 でもなんだろ みんなに餅が届いたらいいなと のんきに願う想いで見てた。 その集まりのなかにいるのにね。 そしたら 奥さんがキャッチ。 掲げたトートバッグに、 すぽっとインするという離れ技で。 餅まき参加ベテランの凄みでした。 驚いていたら ぼくのそばにも餅が飛んでくるも 転がって後ろに手を

2026.0828 金

space1-15という 札幌の大通りの ちょっと外れにある 古いマンションがありまして。 そこには、 いろいろなお店が入っています。 主に、週末に開いていて エントランスのオートドアは 自動で開きません。 ちょっと変わったマンションです。 memoはそこにあります。 まだ2〜3店舗くらいしかない 15〜6年くらい前 住居兼事務所として 入居したのがはじまり。 長くなりましたね。 で、前々から あったほうがいいと感じていた Instagram用の space1-15のフロアガイドを つくらせてもらいました。 依頼があったとか そういうわけではなく 勝手にやりたくなったという。 つまりは、 おせっかいかもしれません。 いろいろな 個性豊かな テナントが集まった このマンションに 循環が生まれたらいいな。 そんな想いでつくっています。 いろいろだから バラバラでもいい。 そのまんま つながって 広がればいい。 ルールや規則ではない 自由なつながりが育てばいい。 そんな期待があります。 ぜひぜひ space1-15の フロアガイドを のぞいてみてくださ

2026.0827 木

とてつもなく スケールの小さい、 言うまでもないような イラッとしたことを書きたい。 はじめに言っておくと それは自分の小ささでもある。 押しボタン。 信号のやつ。 あれけっこう 押すのを忘れて 立っている人がいます。 そのときもそうでした。 押しボタンの柱から 離れて立っている人がいました。 決まって そのパターンが多いので すっとボタンを押します。 すっとこどっこいめ。 なんて、 ライトに感じながらも 自分もあることなので そういうときは さりげなく押すんです。 そこまでは、通常。 その信号、待ちが長いんです。 押しボタン式にしては待つ。 相変わらずの長さを感じながら じっと待っていたら 離れて立っていた人が こちらをチラチラ見て なにかに気づいた様子。 ハッとした顔して 押しボタンに向かって だるそうに歩いてくる。 そして、 こっちを一瞥して かるく舌打ちしながら 押しボタンに手を伸ばす。 その瞬間に すでに押してあることを知るも 荒めにボタンを二度三度タッチ。 ああ、愚の骨頂。 ふぅ〜。 ではいきます。 そのときよぎった気持ちの再現。 ど

2026.0826 水

ふと、思っている。 チャンスとおなじように、 バトンってものは バトンらしく見えるように まわってくるものじゃないんだな。 実はもうすでに ずっとむかしから 受け取っていたりもする。 はいどうぞ。 なんて言われてもいない。 生まれた。 その事実だけでも じゅうぶんに受け取っている。 それは、 命のバトンだ。 選んできたわけじゃない かもしれないけど 選んできたかもしれないやーつ。 ハッキリと明確に 代を受け続くようなケースもある。 それだって そのバトンを 受け取る許可をする 覚悟が必要だと思う。 ハナウタしながら 歩いている道も 誰かがつくってくれたものだし、 その道を清掃したり 修理したりしてくれる人がいる。 役目や任務みたいなもの だけじゃなくて 自分と関係ないと 思っているようなことも めぐりめぐって つながって 受け取っている。 やっぱり キノコの菌のような 見えないけれど 確実に在るという 壮大なスケールを感じる。 縁というバトン。 意識するもしないも自由。 無縁にするも ご縁にするも自分次第というね。 当たり前のことが しみじみ沁み

2026.0825 火

パンツも歩く? そんなことあるんですね。 昨日、お風呂上がりに 着替えに用意していたパンツが 見当たらなくなったんです。 パンツ行方不明。 確かに置いておいたのに……。 ああいうとき いったん疑うものですね。 用意してなかったかもと。 実はそうだったほうが納得できる。 ないことが意味不明で 解決したいから 納得したいほうの案を採用する。 そう思おうとするも でも確かに 用意したんだ。 という、 身体を動かした手応えが ちゃんと残っているんです。 残尿感みたいに。 せっかく うやむやに納得したかったのに 身体の記憶が 違うと言っている。 でも、 どう考えても どこにいきようもない。 そこまでいくと あきらめるものです。 行方不明のパンツ いつか見つかるだろう。 あきらめからのポジティブ。 根拠のない前向き思考で さらにうやむやにします。 パンツの1枚や2枚 なくなったって かまいやしねえぜ。 ポジティブを超えて 意味不明の強気で 漢気っぽさも出してみたり。 そしたら リビングの椅子に ちょこんとあった。 ていねいに畳んだままの あの用意したやつと同

2026.0824 月

居間の窓から見える山々が ブロッコリーのように茂っていて、 その中に 茶色めいたものが垣間見える。 あ、秋じゃないですか? もうそこまで来ている。 なんなら夏の余韻と秋が まざっているのかもしれない。 そんなことを感じながらの朝食。 豊滝 林農園の白なすを 焼いてとろとろになったやつを 少しのオリーブオイルと塩を かけたやつを 優しい甘みが口にひるがるあれを ほくほく、いただいたんです。 とても 豊かな朝でした。 その農園の近くにある 豊滝の湧き水 「龍神の水」を飲んでね。 うまいんだこれが。 奥さんが その水でお味噌汁をつくってくれて 味噌は今年の冬仕込みのひとつを 初めて出して使って。 なんこれ。 うめえもんしかねえ。 ありがてえがあふれる。 いやこれはね グルメだとか 健康志向だとかを ドヤってるわけじゃないんです。 そんなものは、 テレビか雑誌にくれてやればいい。 どうでもいいんです。 おいしいから好きなだけ。 ただ焼く。 それだけでいいような おいしい食材がある。 カラダが喜ぶ。 それだけ。 いたってふつう。 派手なものもないし、 まし

2026.0821 金

いまの季節 聴きたくなる一枚があります。 夏のぬけがら/真島昌利 1989年発売。 ザ・ブルーハーツのギタリスト、 真島昌利の初のソロアルバムです。 聴きたくなるというか 脳内で自動再生されます。 当時、AIWAのラジカセだったか CMソングとして流れてきた 収録曲の「ルーレット」を耳にして 時間が止まったみたいに 気持ちを持ってかれたのを 今でも覚えています。 ハーモニカを 友部正人が吹いてるんだよね。 人間の身体の70%は 水でできているみたいに ぼくの心の70%は 「夏のぬけがら」で できているかもしれません。 TUBEの にぎやかな夏ソングを 冷ややかにとらえていた みのる少年は、 「夏のぬけがら」だった。 その世界に共感したし、 すみずみに染みていった。 言葉にすると 野暮になるけど せつない。 夏の終わりのあの気持ちが ぜんぶそこに詰まっている。 15か16歳だったか そこからずっと そのアルバムと 夏を過ごしてきたかのようだ。 一日ごと確実に 終わりの背中が見えてくる 夏の 気が狂いそうなほど せつなくて どうにもできない気持ち。

2026.0820 木

昨日、親指をケガして 親指の主要っぷりを感じています。 こうして、 文字を打つときも親指を使う。 まして、指の腹の部分なので あらゆる場面で なにかと当たるのです。 なんでもないときほど その当たり前のありがたさを 実感できないものだと思います。 言うても ケガはたいしたことないんです。 ひっかき傷みたいなもんで。 それでも 傷としての痛みが存在しています。 小さいんだけどね。 これくらいの痛みは へっちゃらなんだけど しっかり感じていたいと思う。 このケガは どんな意味があるのか あらゆる面で考えてみた。 エネルギーが変わる? 社会との関わり方の変化? いろいろ感がえてみたけど、 まあ、つまるところ ケガの要因は 不用意だったことにあります。 うっかり。 寝ぼけうっかりの介でござる。 でもでも、 冷風機のホースが外れたことに 気づいて目が覚めた自分を 褒めてあげたいと思います。 関係ないけど 外れたホースから あたたかい風が出ていたあの感覚、 ちょっと不思議でした。 夜明け前の 薄暗い部屋 前面から冷風。 後ろのホースから温風。 この子、 一生

2026.0819 水

明け方、 冷風機のホースが外れた。 その音で目が覚めた。 ふがふが歩いて まだ薄暗い部屋の中 ホースをアタッチメントに 取り付けなおした。 そのとき ホースのねじり構造を 支えている針金が、 親指に刺さった。 痛みを感じた瞬間 すでにもう遅かった。 右まわりに力を込めた 回転力をつけての傷。 親指から血がしたたるのを見て 何が起きたのか理解できた。 それでも アタッチメントを 取り付けようとするも 支えてまわすと 出血が増す増す。 親指って 主要なポジションなんだと しみじみ再確認していると ズキズキ痛みを感じはじめた。 血を見るのが弱い。 親指にティッシュを巻いて 横たわると 図らずも サムズアップのポーズになって 天を指している。 グッド。 ありがとう。 突然わいた感情に 我ながら、驚いた。 指を怪我して 親指立てて ありがとう? いよいよ変態の 扉を開いたのかもしれない。 けれど、 わいてきた感情だから しばらく置いておくことにした。 言葉に訳すことをせず そっと目を閉じた。 ズキズキする痛みを感じた。 生 き て る。 ああ、ぼくは生きて

 2/7(土)

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