top of page

2026.0410 金

ひとつ あたたかさが 増したような さっぽろです。体感です。 うっすらと、湿度がある。 福寿草もクロッカスも見かけた。 街路樹のグリーンが 小さく揃い出してきている。 事務所に着いても ぜんぜん寒くない。 窓とドアを開けて、 換気をしながら これを書いています。 すこしだけど 肌寒くなってきています。 まだ、早い。 もうすこし 様子をみたいと思います。 さあてね。 memoのLessonの 新たなプログラムができました。 月曜日には お知らせができると思います。 只今、 もくもくと準備しています。 今まで単発で行っていた インタビューセッションや プロフィールを書くコースを 体系立てたプログラムとして 新たに再編しました。 点がつながったような感覚です。 自分が なにをやりたがっているのか、 はてして なにをやりたがらないでいるのか、 いろいろ考えながら 迷ったり ひらめいたり 自信がなくなったり。 それでも 続けてきたからこそ わかることができたと思います。 ぼくは 自分の気持ちを伝えるもの、 その前に 自分の気持ちを確かめるもの、 それが、文

2026.0409 木

お弁当、ひとつ。 そこから、ふたつ。 みっつになって、 いま、ふたつになった。 息子の高校生活3年間 毎日の弁当をつくった。 シングルファザーとして ぼくが決めた 彼にしてあげられることだった。 メインのおかずと、 サブのおかずちょいと、玉子焼き。 この3品体制による 献立の考えやすさが 継続の秘訣でもあった。 お弁当づくりは 運動会やイベントごとで 前からけっこうしていた。 でも、特別ではない 毎日の食事としての弁当となると 自分がやりやすい ルールを持つことが必要だった。 高校が始まる前に 書店でお弁当に関する料理本を リサーチをしていたとき これ!という本があった。 その料理本は 「藤井弁当」といいます。 おかずを3品に絞って お弁当づくりを パターン化することで 楽しく続けましょう。 そのメッセージが ぼくには、どんぴしゃで これから継続するという 身構えの力みがゆるんだ。 そうそう、これでいい。 過剰な演出も品数も必要ない。 おいしいを 毎日届けたい。それだけ。 もうひとつ決めたことがある。 インスタにあげないこと。 お弁当男子みたいな

2026.0408 水

電車通りに続く道なり、 桜の枝がほんのり色づいて 桜並木にはほど遠いけれど、 あわいピンクを連ねている。 近いと気づかないけれど ちょっと離れてみると わかることってありますね。 うん。 とくに、話題は続きません。 そうだなあと感じたんです。 いいなあ。 春だなあ。 新しい季節 新しい生活が 始まっています。 まだ慣れないまま 立ち方 歩き方を整えている。 息子が上京して 3人体制から ふたり体制に変化して。 でも、離れたひとりは ぴよ〜んとつながったまま 東京で暮らしている感覚なので、 離れて広がったカタチの 家族というチームで それぞれ活動している。 例えるなら アルフィーみたなもんだ。 THE ALFEEだ。 誰が桜井さんなのかとか そこまでは例えられないのだけど なんかそんな感じだ。 ひとりひとりが 自立しているチームは強い。 勝ち負けの強さではなく 豊かさの強度がある。 安心は、強いんだ。 そこから生まれる信頼が、絆だ。 目に見えないし 数値にもできないけど、 しっかりと在る。 すくすくと育つ軸が 誰にも寄りかからず しなやかに伸びてい

2026.0407 火

チャレンジとか、 なにもしてなくない? というか、 停滞すらしているって。 息子が 志望大学に落ちたのは 1年前のことだった。 その前年の秋ころ 二次試験の面接で 思うように話せずに ダメだったと肩を落として 泣きじゃくっていた。 その涙は、美しかった。 当事者の本人には 言わなかったけれど それほど真剣に目指して 悔しくて悔しくて 泣きじゃくるほどの 挑戦をした彼の涙を 心から讃えた。 とことん 泣いていいと思った。 そのとき うっすら感じたんだ。 あれ? チャレンジとか なにもしてなくない? とういか 停滞すらしているって。 彼のまぶしい姿を見て その光に 見ないでおいた現実が あぶり出されたかのようだった。 親として サポートに徹していた。 それはいい。 だけど、 そのどさくさにまぎれて 自分のことを あとまわしにしていた気がする。 わたし という主語で 生きていなかった。 今になって じわじわ気づいている。 息子のサポートに 一生懸命になることは ぜんぜんわるくなんかない。 それは誇っていいし たくさんねぎらいたい。 ただ、 目標がぼんや

2026.0406 月

父がいて、息子がいて そのあいだに、ぼくがいる。 受け継いだもの、 受け止めたもの、 彩り豊かに、生命だ。 またまた、 父の検査があり 病院に同行した。 息子を見送った翌々日のこと。 診察までの 長い長い待ち時間。 父と会話をした。 もう覚えてないくらい とりとめもない会話だ。 父は、 パーキンソン病を発症していて レビー小体型認知症が 見受けられている。 施設の勧めで 認知症の検査を 病院で受けることになった。 歩くことはできるけど 基本は、車椅子で移動。 待ち合いのロビーで 退屈になっていたころ 父の足が小刻みにゆれてるから お父さん、 貧乏ゆすりしちゃって なんて言って 膝をさすってあげた。 貧乏ゆすりではなく パーキンソン病の症状だと 同行していた妹に かるくたしなめられたけれど 父は笑っていた。 診察室に入ると 父は名前を聞かれて答えた。 声が小さかったのか 医者に聞き返されてしまうも、 その医者もじじいだった。 ぼくに 父の声は聞き取れた。 妹が補足すると 邪魔をするなと注意をされた。 その口調は強く ぼくらはとまどった。 認知症の検

2026.0403 金

静けさも愛しく思う。 生活の音が ひとりぶんしないぶん 気配として「いない」を感じる。 密度が違う。 ずっと長くあった いつものパターンが変わった。 そのパターンは 思っていたより 息子を中心としていたんだと じわじわ気づく。 でも不思議なのは ポッカリと欠けたのではなく いないカタチに 変化した感覚があること。 めそめそではなく 静かにクリアだ。 でね、 うまく説明できないのだけど 日本列島の 空間認識が広がった気がしている。 札幌⇄東京間の 自分Googleマップ、 つまり、Minooleマップが リアルにピンが着いた感じだ。 地図の認知感覚が 広がっているのかもしれない。 1日の朝 青空にのぼる朝陽を見て 同時に ここだけじゃない 東京あたりにも この光が注いでいると感じた。 離れたというより、広がった。 この世界で 同時に呼吸をしている存在がいる。 光で風で 広がったつながりを感じる。 なに言ってるんだろう。 でも さらに不思議なのは その新しいピンとの感覚が ぐんと広がってもうて 生きとし生けるもの どこにでも 同じ光が注いでいるんだな

2026.0402 木

少しだけ、気が抜けた。 控えめに言っているけど どれだけ 気が抜けたかの 全容はわかっていない。 安堵でもある。 見送った誇らしさもある。 これからのエールもあり、 これまでの 個別&全方位の感謝もある。 人生の味わいとして こんな色があったのかと しみじみと噛み締めている。 一昨年だったか 大学のオープンキャンパスに 家族3人で行ったとき 移動中のタクシーで 運転手さんとの会話を思い出す。 お客さんどちらから いらしたの?なんて 運転手さんの問いかけから 美術系の大学に進みたくて その大学の オープンキャンパスに 来たんですと答えると、 「息子さん、  たくさん親孝行しなきゃね」と 運転手さんが言った。 「もうすでに  親孝行してもらっています」 ぼくはふと、そんなこと言った。 自然と出た言葉だった。 他愛もない会話のトーンで 返した言葉だったけど それは いつも本気で思っている。今も。 彼が生まれてきてからずっと。 子育て。 こっちが先に生まれているから なんかしら 教えたり叱ったり いいはなししたり 与えるような感覚があるけど、 実はぜんぜ

2026.0401 水

家に帰って 静かさが身に沁みて 涙があふれていた。 昨日 大学進学で上京する 息子を空港まで見送った。 フライトまでの 家族3人の時間。 それは、 とてもいつも通りで せわしなくもあり たんたんと過ぎた。 じゃ、いってきます。 ちょっと大学まで。 そんな感じで 彼は搭乗口へと進んで行った。 空港での見送りは どこかセンチメンタルなもので 泣いちゃったりしたらヤダなとか そんなこと思ってたんだけど 実にあっさりと終えた。 彼のいつも通りのあいさつに それが特別なことじゃなく いつでも帰ってくる感覚が 安心として備えているようだった。 安心は、強い。 その土台を築くことができた。 実に、誇らしく 清々しい気持ちになった。 べつに 励ましなど必要なく 逆にねぎらわれたみたいだ。 その後、 仕事をして帰宅したとき 部屋の静寂っぷりに驚いた。 引越しのわちゃわちゃを 奥さんのたまちゃんが 片付けてくれたのもあり 空気がクリアになっていたんだけど、 なんだろうか、 それとまた違う 静かすぎる静けさが、部屋に漂う。 ひとりいない。 家の空間に 穴ぽこが空いたみ

2026.0331 火

年度末。 節目感ひとしおです。 なんか ギリギリまで バタバタしていました。 部屋がぜんぜん片付いてない。 提出作品の梱包もやらなきゃで。 やっとこ 当日の身支度に取りかかり 普段使っているバッグが 速攻で容量オーバーになる。 いつもの、 ショルダーバッグ だもの。 前々から キャリーバッグが必要じゃないか 確認していたんだけど 聞くたびに いつものバッグで行くと 心配無用の風を吹かせていた。 その余裕っぶりが わからなかったのだけど 尊重することにしていた。 秒で ショルダーバッグが パンパンになるとは。 思っていたけども、 案の定が目の前で 実写版として上映されて すぐハイライトみたいで。 それが なんとも可笑しく思えた。 わりと 買ったばかりの ボストンバックをあげた。 また帰ってくるとき それを使ってくれたらいい。 ショルダーバッグには 入りきらないくらいの 土産話を聞かせておくれ。 さあ 空港に行きます。 今日もごきげんでありましょう。

2026.0330 月

今朝はたっぷり寝ての、 いつもより遅いスタート。 この春 大学進学で上京する息子の 寮へ送る荷物の発送を終えた。 土日で一気に動いたので、疲れた。 そういうわけでの 朝は遅めのスタートとなった。 引越し。 ダンボール8箱と 入りきらなかった荷物少し。 ゆうパックのお世話になりました。 東京までの 引越しと考えると 荷物が少なくて そんなたいしたことないと 思っていたけれど それはそれでたいへんでもある。 経験したことないこと みんなでやってる感じ。 大学進学も それにまつわる準備や手続き よく考えたら 初めてのことばかりだ。 そんななか メインの当事者でもある息子は いたってマイペースだ。 入学式を4月2日に控えて 入館は今月末の31日というのも 周りと比べて遅いほうだと思う。 たぶんだけど スケジュールあんまり 気にならないんだと思う。 ゆったり 落ち着いて構えている。 それと タスクが苦手な側面もあると思う。 なぜなら ぼくの息子だから。 ぼくの そういうところと似ている。 他人にはわかりにくい 自分勝手なペースがある。 でもそこに どこか人

 2/7(土)

bottom of page