2026.0401 水
- 6 日前
- 読了時間: 2分
家に帰って
静かさが身に沁みて
涙があふれていた。
昨日
大学進学で上京する
息子を空港まで見送った。
フライトまでの
家族3人の時間。
それは、
とてもいつも通りで
せわしなくもあり
たんたんと過ぎた。
じゃ、いってきます。
ちょっと大学まで。
そんな感じで
彼は搭乗口へと進んで行った。
空港での見送りは
どこかセンチメンタルなもので
泣いちゃったりしたらヤダなとか
そんなこと思ってたんだけど
実にあっさりと終えた。
彼のいつも通りのあいさつに
それが特別なことじゃなく
いつでも帰ってくる感覚が
安心として備えているようだった。
安心は、強い。
その土台を築くことができた。
実に、誇らしく
清々しい気持ちになった。
べつに
励ましなど必要なく
逆にねぎらわれたみたいだ。
その後、
仕事をして帰宅したとき
部屋の静寂っぷりに驚いた。
引越しのわちゃわちゃを
奥さんのたまちゃんが
片付けてくれたのもあり
空気がクリアになっていたんだけど、
なんだろうか、
それとまた違う
静かすぎる静けさが、部屋に漂う。
ひとりいない。
家の空間に
穴ぽこが空いたみたいだ。
塾に行ってるとか
友だちと遊びに出かけたとか
旅行中だとか
それらのいつもの不在と違う。
日々の帰る場所が変わった。
それだけで
こんなに違うものとは。
コップ出しっぱなしとか
便器にうんこつけてるとか
朝起きて無愛想だとか
コートを脱ぎ捨てたまんまとか
ポケットにティッシュ入れて
洗濯に出すテロ行為だとか
勝手に
テレビのチャンネル変えるとか
ぜんぜん
引越しの準備しないとかさ
もう
それがないんだって思った。
そんなこと
ふつふつ思い浮かべ
昨晩のカレーライスを
たまちゃんと一緒に食べて
向かいに彼がいない
テーブルの椅子を見ていると
ひとしきり涙があふれた。
カレーライスを食べながら
ふたりで
おいおいと泣いた。
ねぎらいと
感謝と
安堵感。
見送った誇らしさに
めそめそさみしさと
言い知れない喜びの
なんだこれな
マーブル模様の感情を味わった。
寮に着いた息子から
LINEが届いた。
窓から見える風景の写真だった。
日暮れの街並みの
すぐ手前に桜が咲いていた。
暮らしを迎え入れたような
住んでいる景色に思えた。
歓迎されているようだ。
四月一日。
それぞれの
新しい季節が始まりましたよ。
わたしたちの人生は
豊かな色彩にあふれている。
今日もごきげんでありましょう。
