2025.1117 月
- minoru HASHIMOTO
- 11月17日
- 読了時間: 4分
更新日:11月18日
ふぐを食べました。
昨日。51歳にして初めてのこと。
息子の大学合格祝いです。
家族3人で、ふぐを食べました。
合格祝いは何を食べたいか
遠慮しなくていいからと
尋ねてみたらば
ふぐを食べてみたいと
まっすぐに言うわけです。
食べたことがないからと。
そうかそうかと
予想外の答えに
少したじろいだりもしました。
なぜなら
ぼくは
ふぐを食べたことがない。
うまい店も知らない。
そもそも
食べたいと
思ったことがなかった。
なぜなら
ぼくは、刺身とかの
生ものがそんな好きではない。
だいぶ楽しめるようには
なってきているけれど
回転寿司で
ツナサラダなんか
喜んで選ぶほうだ。
20歳くらいまで
刺身を食べてこなかった。
その理由は
たぶんわかっている。
子どものころ
刺身が食べられず断ると
父親に
「こんなうまいもの食べないなんて
人生の半分を損している」と
そのたび何度も言われた。
いま、ていねいな表現で書いたけど
もっと、雑な言い方だった。
それが
めちゃくちゃ腹が立った。
まず、
刺身くらいで損をする人生なら
そもそもの基盤が貧弱である。
だったら
ハンバーグだって焼きそばだって
おいしいものはたくさんある。
そんなこと言われるなら
食べてやるもんかと
誓ったのかもしれない。
さらに
子どもの繊細な味覚と嗅覚が
当時の我が家で出ていたような
鮮度のにぶい刺身の生臭さを
食べたくないものと判断していた。
その可能性は大いにあると思う。
その臭みを
醤油とわさびで
とんとんにしようとか
その発想も合点がいかないし
わさびなんて
刺激でしかない。
乱暴に言えば
子供のぼくにとって
刺身という素材がうまくない。
くせえ。
それをうまいと崇めているやつが
上からものを言う。
こちらに寄り添う想像力がない。
それは野蛮だと思っていたし
それを凝縮した生き物が
ぼくの父だった。
わかりあえない。
また、あるとき
たらちり中に
ぶん殴られたことがある。
5歳くらいだったろうか。
タラもポン酢も
ぜんぜん好きじゃなかった。
ご飯に合わないんだ。
豆腐ばっかり食べて
迷い箸をしていたら
とつぜん、殴って蹴られた。
楽しい鍋の夜がだいなし。
ガキのくせに
食べものを選ぶなと
怒鳴りちらされた。
きっと、
父の大好物だったのだろう。
そんな気もしたし
楽しんでいるよう努めたつもりだ。
意味がわからず
泣きじゃくった。
最後まで
謝られることもなかった。
ぼくは
あのとき、
父を断絶したのかもしれない。
その事件を
思い出せたことが
自分の心と向き合う
最初のきっかけだった。
三年ほど前のことで
それまで
すっかり忘れていた。
そしてまたうっすら
しまっていた。
けれど、ここのところ
じわじわと思い出していて
本当にあれは
腹が立っていたんだと
未消化な怒りの残り火を
しっかりと迎えにいった。
ガサツな圧力に屈したくない。
人の言葉を奪いたくない。
暴力をぶんまわして
会話のできない大人になんか
なりたくない。そう思った。
そう思っていた自分を
わかってあげることができた。
そうして、
ここ最近、なぜか
マグロが好きになっていた。
うまさがわかった感覚があった。
そんななか
ふぐだった。
おまけに、
ちりで、ポン酢だ。
はじめて食べた。
それはそれは
とてもおいしかった。
初めての食感。
息子へのお祝いのつもりが
彼からのプレゼントになった。
それを
彼の合格祝いで
パートナーのたまちゃんも揃って
家族3人でできたことに
なんとも言えない
感慨深さを味わった。
お会計のとき
支払いのカードを持つ手が
少し震えたことも
ちょっと言っておきたい。
それは感慨深さとは別のやつ。
朝、目覚めパッチリでした。
ふぐ、
滋養強壮にいいらしいのね。
今日もごきげんでありましょう。
