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2025.1114 金

先日の11/11に行った

「書くことが楽しくなる文章教室

 みんなでお茶するかい」の

シェアを今日もしたいと思います。

週末のきりのいいとこまで

ひっぱらせてください。


配慮と遠慮。

これが隣り合わせである。

文章を書くことにおいて

この配慮を持っている人が

ぼくは大好きです。


自分が書いたものの先に

かならず読む人がいる。

その根元に

どう届くのかを想定している

あたたかい気づかいがある。


その

当たり前に使っていた

自分のあたたかさは

当たり前だったゆえに気づかない。

自覚がないから

時には、気づかいが

遠慮モードに入っていて

たよりないものに感じる。

時には、気づかいが

厳しさモードに入っていて

自分へ強めに律してしまったり。

そのモヤモヤが

書き進めなさや

書き足りなさとして

フィット感を得られないまま

文章の苦手意識が

育ってしまうケースがあるのです。


ただひとつ

あなたが当たり前に使っていた

その優しさは

あたたかい配慮だと

自覚することで

ハツラツとした喜びが

ほのほのときらめいてくる。

最初は照れくさいような

くすぐったいような喜びを

許可したときに

自信へという軸が育つ。


届けたいんだ。

みんなが想う。願う。

それでいいんだ。

だから、書くんだ。


その届け方として

ていねいにしたい

おだやかにしたい。

誤解なくしたい。

刺激的にしたくない。

人それぞれ

大切にしていることがある。

そんなこと

何も考えてない。

そういいう人もいるだろう。

だけど、

どこかで意識しているはず。


その

わたしオリジナルな

大切にしたい届け方こそ

その人の魅力だと思う。

その想いは

文章のすべてに宿る。

文字に宿ると言ってもいい。

テンの場所、改行の加減だって

見やすさへの配慮だ。


配慮は遠慮ではない。

あなたの愛です。


でも、

そう思えないんだ。

遠慮しちゃうんだ。

だけど、

あたたかさを届けたい。

ぼくは

そういう人を応援したい。


「書くことが楽しくなる文章教室

 みんなでお茶するかい」

ゆっくりと続けたいと思います。

今週、ずっと

文章のはなしに

つきあってくれて

ありがとうございます。


週末もごきげんでありましょう。

2026.0123 金

いったん 見送りがちかもしんない。 ふとね そんな言葉が浮かんだんです。 タクシーを探していて。 いつもの 歯医者さんから事務所まで。 歩くと20分くらいかな。 その日はあとの用事が控えてたので タクシーに乗ろうと思ったんです。 車通りの多い道に向かいつつ 歩きながら探していて。 乗りたいと思ったその瞬間 タクシーが来たんです。 そしたら いったん見送っちゃったよね。 しかも、2台連続で通り過ぎた

 
 
2026.0122 木

美しい朝でした。 降り積もった雪の夜が明けて、 赤みの帯びた朝陽が 真っ白な静寂を照らす。 すみずみ、澄み渡っている。 駐車場の雪かきで ひと汗かきつつ 愛車が可愛くてたまらない。 事務所へ向かう道のり 誰かが歩いた細い道ができている。 それは、足跡の連なり。 足跡と足跡の あいだの場所を選んで 道幅を増やしながら歩いてみる。 すれちがったお母さんに 抱っこされている赤ちゃんが ぼくを見ている。

 
 
2026.0121 水

動きます──。 それは、 バスの運転手さんの アナウンスでした。 きりりとして ていねいに芯のある響き。 宣言が届いた瞬間でした。 ぼくの今が同調したように その言葉に反応したんです。 ただの 運行中のアナウンスなのはわかる。 バス停で人が降りて 再び動くときのかけ声だ。 でもなんだろう 響いたんだよね。 ぼくの心の どこかにあるスイッチにふれて ぼくのなかの全自分が ウォーっと両手を挙げて 立ち

 
 
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