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2025.0305 水

実感がない。

3月になってることと同じくらい

51歳になった実感がない。


フィットしていない。

ということは

受け入れてないのかもしれない。

もともと

人に対して

年齢を意識しないので

自分に対しても

そうなのかもしれない。


年齢に

とらわれない。

だとしたら

それはいいことだ。

でも

ものごとには両面ある。


51歳という

年齢の数字が増えていくことに

なんかしら抵抗が

どっかそっかに

あるのかもしれない。

もしかしたら

大人そのものを

受け入れたくないのかもしれない。


年齢にとらわれないぶん

なおさら

受け入れなさを

受け入れやすくしているのだろう。


それを

キャラとして

いつしか定着させている。

そう仮定してみた。


人は、

なんらかのキャラを

無意識ながらも自分で決めている。

苦手なものは

とくにそうなんじゃないだろうか。


ピーマンが嫌い

人見知り

片付け苦手

人それぞれ

いろいろあると思う。


でも

よくよく考えてみたら

ピーマン嫌いキャラを

ただやってるだけに過ぎない。

人見知りや

神経質など

性格に関わることは

それをアイデンティティのように

気づいてしまうわたしを

優位なものとして

語られることもあるだろう。


それは

誰にも頼まれていない。


いつしか勝手に

キャラを受け入れて

キャラを守っている。


わたしが

それをやっている。


なので

本当にそうなのかどうか

見直してみてもいいと思う。

春とか

引越し前とか

タイミングのいいときにでも。


なんなら

周りの期待にまで応えて

やりにかかってることもある。


実年齢の

ピンとこなさについては

たいしたことではない。

だけど

健康面を考えると

自分のカラダとも

しっかり向き合いたいと思う。

老化を拒んで

現在進行形のカラダの

サインを見逃してしまうのは

もったいない気がする。

なので

自分のカラダを

いつくしみ、いたわる姿勢で

自分のカラダのニュースに

興味を持っていこうと思う。


そういう意味で

51歳という基準を持っておこう。

向き合ったうえで

自由で在りたい。


今日もごきげんでありましょう。

2026.0123 金

いったん 見送りがちかもしんない。 ふとね そんな言葉が浮かんだんです。 タクシーを探していて。 いつもの 歯医者さんから事務所まで。 歩くと20分くらいかな。 その日はあとの用事が控えてたので タクシーに乗ろうと思ったんです。 車通りの多い道に向かいつつ 歩きながら探していて。 乗りたいと思ったその瞬間 タクシーが来たんです。 そしたら いったん見送っちゃったよね。 しかも、2台連続で通り過ぎた

 
 
2026.0122 木

美しい朝でした。 降り積もった雪の夜が明けて、 赤みの帯びた朝陽が 真っ白な静寂を照らす。 すみずみ、澄み渡っている。 駐車場の雪かきで ひと汗かきつつ 愛車が可愛くてたまらない。 事務所へ向かう道のり 誰かが歩いた細い道ができている。 それは、足跡の連なり。 足跡と足跡の あいだの場所を選んで 道幅を増やしながら歩いてみる。 すれちがったお母さんに 抱っこされている赤ちゃんが ぼくを見ている。

 
 
2026.0121 水

動きます──。 それは、 バスの運転手さんの アナウンスでした。 きりりとして ていねいに芯のある響き。 宣言が届いた瞬間でした。 ぼくの今が同調したように その言葉に反応したんです。 ただの 運行中のアナウンスなのはわかる。 バス停で人が降りて 再び動くときのかけ声だ。 でもなんだろう 響いたんだよね。 ぼくの心の どこかにあるスイッチにふれて ぼくのなかの全自分が ウォーっと両手を挙げて 立ち

 
 
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