top of page

post title

  • 2022年3月24日
  • 読了時間: 1分

明日死ぬつもりで 今日を生きよう みたいな言葉を見かけまして。 お寺の前にあるメッセージのやつです。 あれけっこう見ちゃいますよね。 悔いのないように生きるのは それはたしかに大切なことだと思います。 明日死んでも後悔ない生き方は なかなかハードな心構えだなとも思います。 立派。 たしかにそれはいいだろうと思う一方で どこかそれほど羨ましくない。 自分にできるできないはさておき それがふさわしいとも思わないのです。 後悔なんてくそほどある。 そいつを包み込んで笑ってるほうが 生きてるって感じがしないかな。 ミスをしないように必死になるより ミスはあるものとして ミスを受け止めフォローして 前に進むほうが健全だとも思う。 生き死にのはなしを出すと ちょっと大袈裟になるのかもしれない。 その大袈裟というのは 意地悪なことを言うと 伝える側のかっこつけみたいな匂い。 でもまあ いつ死んでも後悔のない人には もうすでに後悔の概念がない気がします。 ぼくはもういつだって どこまでもジタバタしますよ。 お寺に掲げる言葉は さかなクンが担当してくれないかな。 今日もごきげんでありましょう。

最新記事

すべて表示
2026.0717 金

夏だ。 さっぽろも真夏だ。 蒸し暑い夜にわくわくする。 こどものころ 父が新車を購入して 運転したくてたまらなく 会社から帰宅後 夜のドライブに連れられた。 新車のシートのにおい エアコンから冷たい風のにおい それぞれが まざって 夏の夜のにおいとして記憶にある。 静まり返った景色、 2本のアーチ状の街路灯が 植物の芽ようにも見えて それがいくつも 規則的に並んでいるのが 無機質で美しく見えた。

 
 
2026.0716 木

タクシーの止め方って 人それぞれなんですね。 手の挙げ方?というのかな。 目の前を歩いていた青年が すっと手を挙げたんです。 角の手前。 歩きながらまっすぐ高く手を伸ばし こっちこっちと 手のひらを細かく二、三回ふった。 その先に 友だちがいるのかと思ったら タクシーが停車した。 詳しく言うと 友だちだとしたら 関係性的には後輩にしているような こっちこっち(はよこい〜)の ニュアンスを感じた。

 
 
2026.0715 水

我々人類は、わかりたい。 わかりたくてしょうがない。 わかりたいだけじゃなく、 わかりあいたくてたまらない。 わかりたいと わかりあいたいが どっちものっかていると わかるまえに わかりあいたいが先になって わかってくれないと がっかりして そのひずみに争いが生まれる。 人のことはよく見えるから なんか自分のことも わかったつもりになってしまう。 わかってくれないのは 優しさ足りない 思いやりがな

 
 
bottom of page