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  • 2022年11月15日
  • 読了時間: 2分

湯葉。 あの豆乳に熱を加えてできる 薄い膜のようなものを そう名付けた人って なんかすごいと思います。 ロマンチストで食通。 あらゆる知識があって けっこう変態なんだろうと リスペクトの気持ちを込めて想像します。 はたして、湯の葉とは? はかないような 和ならではの わびさびさえ感じます。 文字の印象ではとてもソフトですが 言葉に発してみると意外と力強い。 最初は、湯葉ではなく 湯の葉と呼んでたんじゃないでしょうか。 すっとすくう様子を見て ああ、これは 湯の葉のようだねえ。 その感性、すごいじゃないですか。 繊細ですが 日常にはまどろっこしくもあり やがて湯葉と省略するようになった。 のである。たぶん。 外国の人に説明するとき YUBAなのかな? SUSHIみたいに。 あ、いまちょっとググってしまったのだけど その色味と表面のしわしわが 老婆のしわに似ていることから 姥(うば)と呼ばれ、ゆばと変化した。 という説があるらしい。 一説だとして。 そうなると、まあ、 ちょっと考察が変わるなあ……。  うわ、しわしわなった  おひょ、ばばあみたいじゃね?  まじ?  うわ、もろじゃん。うけるんだけど。 急にそんな会話を想像してしまいました。 これから食するものを 老婆のしわに似ていると言って うまいうまい味わうのだとしたら まあ、どっちにしても変態ではあるよね。 なんかしら 名付けたいなあ。 今日もごきげんでありましょう。

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