2026.0709 木
- 23 時間前
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言葉の力を信じている。
けれども
言葉の無力さも知っている。
たびたび
言っているかもしれないけど、
これからも言うだろう。
手のひらから
こぼれ落ちるボールを
着地するまで見届けるような感覚。
あぶない!「
もっとしっかり持っていれば。
そもそもボールが小さすぎる。
とかとか
その瞬間に
言葉をはさむ余地なんかない。
落ちる。
壊れる。
予想される
受け入れ難い近未来を
なんとか阻止して変えようとする。
落下するボールは
ただ着地するまで
落下を続けるだけだ。
落ちるまで
見届けてあげよう。
着地したあと
転がっていくのか
止まっているのか
その先をどうにかしようとせず
落ちきるまで
言葉になんかしなくていい。
そのとき
自分を責めたくなったのか
人のせいにしたくなったのか
みじめさから怒りがわいたのか
逃げ出したくなったのか
思わず
わいてきた感情にこそ
本当の気持ちがあるんだと思う。
親愛なる友のように
ただそばにいてあげるだけでいい。
とっさに思ってしまったものが
わたしの感情なんだ。
そこに説明なんかいらない。
分析しなくていい。
訳さなくていい。
助けようとしなくてもいい。
言葉にならないことを
不安に思わなくていい。
それらは
まだ言葉の種だ。
言語化できない
プリミティブな感情の粒だ。
それは、尊い。
ただ在ることを
わたしがわたしと共感できれば
安心が生まれるはず。
感情の粒は
小さいかもしれないけど
わたしを包むくらい大きい。
大きいものに飲み込まれるような
一体となる受容を感じたとき
真にひとつになるんだと思う。
どそんな気がするってことを
なんとか言語化してみたのだ。
落としそうなモノを
とっさに拾おうとして
ギックリ腰になったことあるよ。
そんなときに限って
落ちても壊れないモノだったりね。
今日もごきげんでありましょう。
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