2025.0918 木
- minoru HASHIMOTO
- 9月19日
- 読了時間: 2分
SNSには
うっかりがあふれている。
ついついの
隙間に芳ばしさを感じる。
昨日は、ここで
SNSに飽きていると書いた。
飽きるの要因のひとつに
ガッカリやヤレヤレの
小さな失望の積み重ねがある。
もの申す。
目立ちたい。
この二つの欲求が
高まることによって
ついつい、やっちまう
隙間が生まれやすいのだと思う。
配慮が欠けちまう。
そして
たいしたことないことを
たいしたことあるように
盛ってしまう傾向もある。
この場合
事実の1を10に増すという盛りと
事実うんぬん関係なく
発信することそのものが
必要性の高い投稿だと感じている
盛りがあると思う。
おもしろくないですか?
すごくないですか?
というような、ドヤ盛りだ。
で、どちらも
クソつまらない。
つまらないことは
ぜんぜんかまわないけれど
その盛りたさによって
配慮を欠いたことが
不快にまで至ることもある。
総じて
己の至らなさを発信している。
そんな
偉そうなこと言う自分は
くだらないを超えて
どうでもいいことしか
発信していない。
告知は、下手くそだ。
もちろん
バズったこともない。
そもそも
バズりたいと思っていない。
なのに
バズりたい欲求の
渦のような場を眺めている。
遠巻きに。
そして、
ただ流れてくる
野暮と馬鹿を見ている。
こんなにも
不毛な時間ったらない。
だけども
不毛ったらないくらいの
もったいない過ごし方ほど
いくらでもできてしまう。
それもまた、芳ばしい。
見ず知らずの
言うまでもないほどの
苦笑いな投稿が
けっこうあって
実例を出すのもなんかあれだし
モヤモヤもあるのだけど
最後に、ひとつだけ言ってみたい。
Earth,Wind & Fireの
「September」って曲あるでしょ。
あれについて
「実は、9月の歌じゃないんだよ」
って投稿、本当にもうい。
9月の風物詩みたいに
なってる気がします。
おや?
事務所の
エアコン(窓付けの)
まだスイッチ・オンしてない。
今日もごきげんでありましょう。
