2025.0805 火
- minoru HASHIMOTO
- 8月6日
- 読了時間: 2分
息子の言葉を
聞き返すことが
しばしばあるんです。
それには
彼の声がくぐもっているのと
意味が理解しにくいという
2つの場合があります。
2つミックスのパターンもある。
聞き返すと
彼はイラッとした感情が
言葉にのっているのがわかる。
そうされると
こちらも
イラッとが
心の奥で顔をだしてくる。
彼のイラは
一度で理解されないことにある。
のかもしれない。
もともと、
言葉で説明するのが
上手ではないのもあると思う。
伝わらなかったときの
傷つきや悲しさが
もしかしたら
あるのかもしれない。
勝手な推測だ。
それは
かもしれない
ガイドラインである。
仮の基準を
柔軟に置いて
決めつけないでおくものだ。
相手の
かもしれないを
掘り下げたりはしない。
大切なのは
そのとき
わたしはどう感じたかだ。
聞き返しただけなのに
イラッとされるイラがある。
そこには
きちんと
伝えていないのはお前。
なのに、失礼な態度をされた。
というイラがある。
その場合、
相手を正したい
につながる気配を含む。
それは
自分が幼少期
不当な態度を浴びて
傷ついた怒りがある。
ぼくだけのオリジナルな
背景に基づいて形成されたものだ。
その傷は
わかってわかって
抱きしめてあげることができた。
だから
反応してしまいそうな
出来事になっても
わたしのイラを
わかってあげることができる。
そうすると
それはわかると
納得が生まれる。
心の奥に
イラが顔を出したけれど
その存在を認めたことで
イラを出さなかった。
堪えるのではなく
ただ出さなかったこと
出さなくてかまわなない
選択が生まれていた自分を
心からほめてあげたい。
その安心が育っていくと
人の
そうせざるをえない反応にも
おだやかに寄り添うことができる。
まずは、自分。
わたしを
わたしがわかってあげて
誰よりも理解者で在りたいと思う。
冷凍庫、きたぜ!
今日もごきげんでありましょう。
