2025.0417 木
- minoru HASHIMOTO
- 4月18日
- 読了時間: 2分
今から
そんなこと知ってる
ってこ言いたいと思う。
健康って大切。
前置きしたぶんを
はるかに超えたことでしょう。
でもね
いま、改めて噛みしめている。
その大切さを
病気になっていないときに
ゆっくりまじまじと
手にとって見つめている。
もちろん
今までもそう思っていた。
不健康だとも思っていなかった。
じゃあなにかというと
わかってたつもりだったと思う。
カラダが乗り物だとしたら
ガンガン乗り回していた感じ。
なまじっか丈夫だったし
たいしたメンテも必要ない。
まだまだ走れる走れる。
健康に気を使う
そのニュアンスは知っている。
そんなことじゃなくて
そもそも
自分のカラダをいたわることを
ちゃんとしてこなかった。
いたわることを
甘やかすことと
勘違いしていた。
いたわる前に
カラダの声を聞いていなかった。
ちっとも向き合っていなかった。
甘やかしは
ご褒美として
おいしいもの
おなかいっぱいあげること。
つらいことはしない。
休ませてあげること。
カラダがどうしたいのか
いま、どういう状態なのか
まったくおかまいなし。
そうなると
ほどほどの基準がバグる。
いつも足りない。
だけど
動きたくないから
なにもしたくなくなる。
そりゃそうだよね。
大切にできていないんだもの。
健康を気にするって
どっか軟弱な気もしていた。
「意識高い系」みたいな
揶揄するような感覚もあった。
そうじゃないのも知っていた。
健康を気にするとか
そんなことじゃない。
向き合うのは、
わたしのカラダだ。
どうしたいのか
わかったうえで
大切にしたいが生まれる。
健康はそのあとの結果だ。
そんなこと
みんな知ってると思うのだけど
ぼくは知ったつもりだった。
それがわかった今
好きにやりたいと思う。
自分のカラダの
声を聴いてあげて
自分でわかって、選んであげたい。
甘やかすことなく
適量をわかり
ほどよく動いて
寄り添っていたい。
札幌、ひさびさの晴れ。
よしよし。
今日もごきげんでありましょう。
