top of page

2025.0207 金

豚汁。

どっちで

言いますか?


ぶたじる

とんじる


ぼくは、ぶたじる派です。

「派」と言いながらも

そこに

なんらかの思想やこだわりが

あるわけではありません。


理由は単純

家がそうだったから。

父も母も

ぶたじると言っていた。

ただそれだけ。


単純な理由で

50歳になっても

ぶたじると言っている。

その語感が

しっくりきている。


そう考えるとね

子どものころのこと

環境や体験、出来事

とっても影響が大きいんだな。


豚汁は「ぶたじる」くらいに

当たり前に

身にしみていることあると思う。

それくらい

子どものころのあれこれが

その人をつくっている。

よくもわるくも、

そうなんだと思う。


ふつう、ぶたじるでしょ?

いやいや、

みんな、とんじるだって。


そんな論争になるほど

たいしたことじゃないけど

わたしが思う

ふつうって

人と違って確かだ。


人それぞれ

わたしオリジナルの

ふつうを持っている。


なので

自分と違うからと言って

とんじる派を

軽蔑したり嫌う必要はない。


わたしは、ぶたじる

あなたは、とんじる

違うんだね。

それだけでいい。


違うということをわかる。

認める。

それ以上でも

それ以下でもない。

違うことがわかれば

どうするか見えてくるはず。

違うを受け止めて

尊重したり

補いあったりできたらいいな。


自分の好きなもの

大切にしていること

守りたいもの

されたら嫌なこと

してあげたいこと

それらも

わたしオリジナルでできている。


ふつうだったら……

そう決めつけると

心がカチコチしてしまう。


ぶたじる

とんじる

くらいの違いだと思えたら

だいぶ楽だろう。

ぶつかっても

誰もケガしないよね。

まる。

ふわふわのまんまるいもの

目に見えないけれど

そんなものに

包まれていたいと思う。


そのためには

できない理由を

自分でわかる必要がある。

それは容易ではないのだけど

そこにしか、宝物はない。

それだけは

断言できる。


そして

ぶたじると言うと

どこか頭のなかで

ブラジルを思い出してしまうのは

ふつうだとは思っていない。


週末もごきげんでありましょう。

2026.0123 金

いったん 見送りがちかもしんない。 ふとね そんな言葉が浮かんだんです。 タクシーを探していて。 いつもの 歯医者さんから事務所まで。 歩くと20分くらいかな。 その日はあとの用事が控えてたので タクシーに乗ろうと思ったんです。 車通りの多い道に向かいつつ 歩きながら探していて。 乗りたいと思ったその瞬間 タクシーが来たんです。 そしたら いったん見送っちゃったよね。 しかも、2台連続で通り過ぎた

 
 
2026.0122 木

美しい朝でした。 降り積もった雪の夜が明けて、 赤みの帯びた朝陽が 真っ白な静寂を照らす。 すみずみ、澄み渡っている。 駐車場の雪かきで ひと汗かきつつ 愛車が可愛くてたまらない。 事務所へ向かう道のり 誰かが歩いた細い道ができている。 それは、足跡の連なり。 足跡と足跡の あいだの場所を選んで 道幅を増やしながら歩いてみる。 すれちがったお母さんに 抱っこされている赤ちゃんが ぼくを見ている。

 
 
2026.0121 水

動きます──。 それは、 バスの運転手さんの アナウンスでした。 きりりとして ていねいに芯のある響き。 宣言が届いた瞬間でした。 ぼくの今が同調したように その言葉に反応したんです。 ただの 運行中のアナウンスなのはわかる。 バス停で人が降りて 再び動くときのかけ声だ。 でもなんだろう 響いたんだよね。 ぼくの心の どこかにあるスイッチにふれて ぼくのなかの全自分が ウォーっと両手を挙げて 立ち

 
 
bottom of page