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2026.0407 火
チャレンジとか、 なにもしてなくない? というか、 停滞すらしているって。 息子が 志望大学に落ちたのは 1年前のことだった。 その前年の秋ころ 二次試験の面接で 思うように話せずに ダメだったと肩を落として 泣きじゃくっていた。 その涙は、美しかった。 当事者の本人には 言わなかったけれど それほど真剣に目指して 悔しくて悔しくて 泣きじゃくるほどの 挑戦をした彼の涙を 心から讃えた。 とことん 泣いていいと思った。 そのとき うっすら感じたんだ。 あれ? チャレンジとか なにもしてなくない? とういか 停滞すらしているって。 彼のまぶしい姿を見て その光に 見ないでおいた現実が あぶり出されたかのようだった。 親として サポートに徹していた。 それはいい。 だけど、 そのどさくさにまぎれて 自分のことを あとまわしにしていた気がする。 わたし という主語で 生きていなかった。 今になって じわじわ気づいている。 息子のサポートに 一生懸命になることは ぜんぜんわるくなんかない。 それは誇っていいし たくさんねぎらいたい。 ただ、 目標がぼんや
4月7日
2026.0406 月
父がいて、息子がいて そのあいだに、ぼくがいる。 受け継いだもの、 受け止めたもの、 彩り豊かに、生命だ。 またまた、 父の検査があり 病院に同行した。 息子を見送った翌々日のこと。 診察までの 長い長い待ち時間。 父と会話をした。 もう覚えてないくらい とりとめもない会話だ。 父は、 パーキンソン病を発症していて レビー小体型認知症が 見受けられている。 施設の勧めで 認知症の検査を 病院で受けることになった。 歩くことはできるけど 基本は、車椅子で移動。 待ち合いのロビーで 退屈になっていたころ 父の足が小刻みにゆれてるから お父さん、 貧乏ゆすりしちゃって なんて言って 膝をさすってあげた。 貧乏ゆすりではなく パーキンソン病の症状だと 同行していた妹に かるくたしなめられたけれど 父は笑っていた。 診察室に入ると 父は名前を聞かれて答えた。 声が小さかったのか 医者に聞き返されてしまうも、 その医者もじじいだった。 ぼくに 父の声は聞き取れた。 妹が補足すると 邪魔をするなと注意をされた。 その口調は強く ぼくらはとまどった。 認知症の検
4月6日
2026.0403 金
静けさも愛しく思う。 生活の音が ひとりぶんしないぶん 気配として「いない」を感じる。 密度が違う。 ずっと長くあった いつものパターンが変わった。 そのパターンは 思っていたより 息子を中心としていたんだと じわじわ気づく。 でも不思議なのは ポッカリと欠けたのではなく いないカタチに 変化した感覚があること。 めそめそではなく 静かにクリアだ。 でね、 うまく説明できないのだけど 日本列島の 空間認識が広がった気がしている。 札幌⇄東京間の 自分Googleマップ、 つまり、Minooleマップが リアルにピンが着いた感じだ。 地図の認知感覚が 広がっているのかもしれない。 1日の朝 青空にのぼる朝陽を見て 同時に ここだけじゃない 東京あたりにも この光が注いでいると感じた。 離れたというより、広がった。 この世界で 同時に呼吸をしている存在がいる。 光で風で 広がったつながりを感じる。 なに言ってるんだろう。 でも さらに不思議なのは その新しいピンとの感覚が ぐんと広がってもうて 生きとし生けるもの どこにでも 同じ光が注いでいるんだな
4月3日
2/7(土)
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