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2025.1106 木
自分のことを 応援できない。 そうしたいはずなのに、 そうできていない。 でも、その理由がわからない。 自信がないから? 自己肯定感が低いから? そう言われると そうかもしれないし そんなこと わかってるとも思うけど じゃあ なんで?がわからない。 わからないと 不一致の隙間に ダメ出し感と不安が渦巻く。 なんで?の根っこにある なんだ!だからなのかという 心から納得できる できない理由を自覚できたとき モヤモヤが流れていく。 血がめぐるように 再生するかのように 本当はこうしたかった 想いが湧き上がってくる。 傷や悲しみ、失意と絶望。 もうあんな想いはしたくない。 だから、 前に進むために 忘れようとする。 忘れるのはわるいことではない。 そうやって守っているだけだ。 全力で守って守って 歯を食いしばって その傷の気配を察知したとき 反射的に怒りが湧いてくる。 攻撃にまわることで 傷にふれさせないように 必死で守っている。 いいとかわるいとか関係なく 空気も読まずに わたしを守っている。 それは とても頼りなく けなげで、愛しい。 心を覆って
2025.1105 水
昨日、 ここ で書いた 牛乳パックのはなしには ちょっとだけ続きがあった。 牛乳パックを切り開きながら あたたかい想いと涙が 込み上げてきたそのあと 息子からLINEが届いた。 彼はその日 大学の二次試験で東京だった。 面接を終えた報告で こう書いていた。 「言いたいことを 言えたから良いと思う」 結果はまだわからないけど 手応えを感じているのだろう。 それは本当によかった。 昨年、二次試験の面接で 思うように話せず 言葉がつまってしまって 落ちてしまった経験をしている。 彼は言葉にするのが あまり得意ではなかった。 だからこそ 絵をやっているのかもしれない。 悔しくて 悔しくて 涙が止まらない 彼の姿を覚えている。 絵のライバル不在で進んできた 彼の初めての挫折は 自分の壁だった。 泣きじゃくる彼を見て それくらい 本気で向き合っているものがある ことがうらやましくも思った。 そして、 心のすみっこで あのチクチクを感じた。 言葉をふさいでしまったのは ぼくのせいだ。 心の中で深く深くあやまった。 ただ、あのとき 自分にできたこととして 彼の
2025.1104 火
牛乳パックを 切って開きながら、 涙があふれていた。 はたから見ると 奇行のように思えるだろう。 ぼくは 飲み終わった 牛乳のパックを 切って開いて再利用している。 肉や色うつりのする野菜を 切るときにまな板の上に敷く。 これは いつころからやっているのか もうわからないくらい むかしからの 自分のシステムになっている。 その作業をしながら いつも想い出すことがある。 そのとき いつもきまって 胸がチクリとしている。 ぼくが離婚をして 息子と二人暮らしになったころ。 19の彼が 中学生になったばかりだったか 小6だったころか それくらいのときだ。 シングルファザーとして 気張っていた。全方向に。 自分がもし明日死んでも この子が 社会でやっていけるように ちゃんと教えなければいけない。 それも全方向で とにかく ちゃんとしなきゃで その核に安心がなかった。 ある日、息子に 牛乳パックの切って開く作業を 手伝ってもらうことにした。 父親をしながら 主婦業を全力でやっていたので 家事のささやかなことから 小分けにするように 手伝ってもらおうと思った。
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