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  • 2024年5月15日
  • 読了時間: 2分

夏が控えています。 大胆な水着にはならないけれど 真剣に痩せようと思っています。 まずは、3キロ。1カ月以内。 消極的な目標ですが 目標設定を刻んでいく所存です。 ゆっくり確実に落としていく。作戦。 で、いま なんとなくつかんでいるのは 食べたいという欲求が けっこうそうでもないということ。 食べたいと思っているだけ。 ぼくの場合 なにかの合間、 打ち合わせに出た戻った 仕事が終わる始めるとか ひと息つくリセット感覚で なにか食べたくなっていることが多い。 ご褒美のように 満足感のあるものを欲するときもある。 あと、食べておこう義務感。 備えておくみたいな。 そして、 食欲とかさておき その味を楽しみたいパターン。 これは、デブの志しだ。 腹が減っている減ってないではなく ハンバーガーを味わいたい ラーメンを味わいたい あの美味しさよカモンと食べたくなる。 これらは、脳の心構えだと思う。 そうしたいと 思い込んでいる。 もしくは そうしたことで 気持ちが満たされた記憶がある。 それを繰り返すのだと思う。 食べるのを禁ずると つらくなってしまう。 なので、ここはひとつ 「カラダをいたわる」という 目標に変換するのはどうだろうか。 禁止ではない。 いたわる。 健康という面で 守る。 育てる。 もっとフォーカスを絞って おなか、大腸とかでもいい。 それは 自分のためになることで 自分が健康で元気でいることは 大切な人のためにもなるはず。 禁酒、禁煙、 いろいろ、禁があるけれど 禁止を自分に課すのは そろそろやめてもいいと思う。 なんか ストイックな気持ちになれて 目標としては「やってる感」があるけど けどだけど 「やってる感」で ごまかしている場合もある。 なにをごまかしているかというと それは、自分だ。 禁止と一体になっている OKと考える方向が同じ目的としてあるはず。 「楽しむ」でもいい。 もっと大げさに言えば「権利」でもいい。 肯定的に前進するための 言い聞かせ方があると思う。 できればそれが おだやかだといい。 それができるまで 試行錯誤してみるのもいい。 禁止には 反動がある気がするんだよね。 原因を外に置いているだけかもしれない。 立派になんかできなくて カラダが重くなって みったくなくなってきたので やっと真剣に考えた。やっと。 それまで 太ったことさえ しっかり認められなかったもの。 食いたいもんは食うぜ。 ほどよく。 今日もごきげんでありましょう。

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