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  • 2023年2月10日
  • 読了時間: 3分

むかし、まだね 息子が5歳くらいのころだったかな 大人たちが集まっている場でのこと 神経質あるあるのような会話になってね。 人の家のお風呂の床に ぺったり足をつけられないとか まあ、数人が競い合うように 「神経質なオレ」を披露していたんですね。 はなしはそれるけど そういうときのノリって 怪我自慢にも似てるというか より神経質であれば 「勝ち」みたいな空気になるもんで。 でもさ 怪我なんてしてないほうが偉いし 神経質ではない=無神経でもない。 神経質を声高に言う必要もないんだよね。 まあ、集まった大人たちは そんなことしったうえでの 酒のはなしだったんですけど 誰かが 他人の母親のおにぎりムリの話題で あるあるなるほどなんてやっていたら 息子が急に発言したんです。  「ぼくは気にしない。   ご飯は愛情を持って   おいしくつくっているから   汚いわけがないよ」 たしかそんなことをね。言ったんです。 しゃしゃりでた? 場の空気を読まない発言に 一瞬おやっと思いましたけど 子どものまっすぐな発言に対して 誰も茶化すことなく 「その通りだ」と大人たちから 賛同を集めたんです。 もうそんなことを考えているのかと 驚きもあり、うれしさもあり 「もう」っていう先入観も必要ないなと。 振り返ると ただ、その純真さを 嘲笑う者がいなくてよかったと思います。 純真さとかピュアさとか やっぱり笑われやすいし 紙一重的なもので、 滑稽だったり、時には狂気だったりする。 いずれ その純真さを笑う人がいたとしても どうか折れないでほしいと願う。 それは大袈裟かもしれないけど 世界中の子どもたちに願う。 でも、 折れやすい。しかたない。 折れて強くなるのだろうけど にごったり傷ついたり ぶよぶよになったり 折れた箇所を修復しているつもりが いつのまにか自信を失ってしまうのだろう。 自分を信じられないことに 気づかないまま過ごしていたりもする。 それがどうこう いいわるいでもなく そういうことはよくある。 生きづらいから 向き合うことを放棄することもあると思う。 でもできれば自分も 人の純真さを笑うことは しないでおこうと思う。 タフでなければいけない。 そんなこともないと思う。 くたくたになっても キラキラしたとこと そうでもないとこも きったねーとこも ちゃんと知ってたらいいのかもね。 だからどうこうでもなく 知っているって それだけでお守りかもしれないね。 折れそうになる前に ひびくらいのときに 近くにいる人が手を添えられたら それだけでじゅうぶん。 治療法も技術もなくても その心の近くに いてくれるだけでじゅうぶん。 言葉なんかなくてもね。 なんかそう思うんだよね。 電車にでも乗って そう遠くないところあたり行きたいなあ。 週末もごきげんでありましょう。

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