2026.0402 木
- 4月2日
- 読了時間: 2分
少しだけ、気が抜けた。
控えめに言っているけど
どれだけ
気が抜けたかの
全容はわかっていない。
安堵でもある。
見送った誇らしさもある。
これからのエールもあり、
これまでの
個別&全方位の感謝もある。
人生の味わいとして
こんな色があったのかと
しみじみと噛み締めている。
一昨年だったか
大学のオープンキャンパスに
家族3人で行ったとき
移動中のタクシーで
運転手さんとの会話を思い出す。
お客さんどちらから
いらしたの?なんて
運転手さんの問いかけから
美術系の大学に進みたくて
その大学の
オープンキャンパスに
来たんですと答えると、
「息子さん、
たくさん親孝行しなきゃね」と
運転手さんが言った。
「もうすでに
親孝行してもらっています」
ぼくはふと、そんなこと言った。
自然と出た言葉だった。
他愛もない会話のトーンで
返した言葉だったけど
それは
いつも本気で思っている。今も。
彼が生まれてきてからずっと。
子育て。
こっちが先に生まれているから
なんかしら
教えたり叱ったり
いいはなししたり
与えるような感覚があるけど、
実はぜんぜん
そんなことなくて
こちらが教えてもらっている。
父という役割をもらって
その役に育ててもらっている。
させてもらっている。
それがすでにもう、親孝行だ。
こうして
彼がやりたいことを見つけて
その道に突き進む切符を
自分で手に入れて
その旅立ちを見送る。
こんなに
しあわせなことはない。
さっそく届いている
Amazonまだ来てないとか
買ったドライヤーどこ?とか
バカみてえなLINEが
可愛くてたまらない。
でもまあ
お世話の距離は変化していく。
そこにいなくとも大丈夫なように
そこにいるときにしてきたことが
培われて、備わっているはずだ。
まだ
使いこなせてないとしても
その種はしっかり在る。
ぼくは、そう信じている。
ぼくも
やりたいこと
とことんやるよ。
今日もごきげんでありましょう。
