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2026.0302 月
3月。もう? この調子でいくと すぐお盆がきて 気づけば、メリークリスマス。 早いなあ。 内が濃厚な日々。 外に表せていける 手応えを感じています。 新しい季節が待っている。 一歩一歩、動き出しています。 メモのレッスンの リニューアルを考えて 体系的なプログラムを まとめることができた。 これをきっかけに memoのいろいろ 点在していることが しっくりと線になってきています。 これからの 考えていることを ざっくり言います。 「場」をつくるです。 meomoのwebという空間 memonのspaceという空間 インターネットとリアル どちらの空間にも「場」をつくる。 どちらも一緒に進んでいく。 そんなイメージです。 ふたつの場を つなぐのは「心」です。 それは見えませんが、無限です。 自由自在の情報空間です。 今まではほぼほぼ 「memoの」でした。 ぼくの言葉、写真を置いておく。 ひとつの空間にそっと 境界を編む感覚です。 これからは 「memoと」もやっていける。 人と交流したい 軸が育ってきたんです。 心通う人と たのしいことしたい。
3月2日
2026.0227 金
願えば、叶う──。 この言葉にクセを感じていた。 この言葉を無防備に放つ人の クセの強さに疑問を感じていた。 叶わない。 願っているのに、 叶わないのは、 わたしがわるい。 ダメ出しフェーズに入りやすい。 「願う」と「叶う」までの プロセスが省かれている。 達成の条件として 本気で願うこと、 心から信じることとか 加えられるわけで より 実態がつかみにくくなる。 つまり、 「その人次第」の構造が 願いを叶えられない人の 苦しみを強固にしてしまう。 魔法のように 願えば叶うことが ないとは言わない。 ふさわしいときに ふさわしい人やモノや手段を 授かるような出来事が起きる。 こともある。 ぼくの人生にもあったし これからも起きるだろう。 それは、奇跡ではない。 起こるから起きただけ。 願えば、叶う。 なんなら願わなくても叶う。 でも、やっぱり そうしたいのにできない人の 声にして出せない想いを知りたい。 言葉じゃなくていい。 もじもじとして モヤモヤとした その実態のない 霧のようなベールの奥にある かすかな光を浴びたい。 ないと思っている。 なく
2月27日
2026.0226 木
先の出来事への警戒。 まだ何も起きていない「今」から、 こうなったらヤダなのイメージが ふくらむ感覚がある。 警戒というと強めだけど 心配や不安、心細さとかも 人それぞれ、場合によって いろいろあると思います。 人それぞれなのは それぞれ、環境や経験が違うから。 過去に「ヤダ」となった思いをした 経験を覚えているから 「ヤダ」を体験させないように 自分を守るというプロセスがある。 頼んでないのに 守ってくれている。 自分オリジナルの「ヤダ」は めんどうくさいとか かっこわるいとか 恥ずかしいとか なんらかの理由をのっけている。 ぼくの場合は 全方位において のっけた理由のもとに おっかないがある。 おっかないを 人にも自分にもバレたくない。 なんなら おっかないがあるので 「ヤダ」と断れない・進めないのに それを言った先の おっかないがあるから あるはずの理由がつかめなくて なんか「ヤダ」と感じている。 それは 想いを言語化できていない状態だと 思いこんでしまっている。 なので、 「ヤダ」な自分に 「ダメ」を感じる。 なんか「ヤダ」では 理由にな
2月26日
2/7(土)
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