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2025.1212 金
冬、まっしぐら。にゃー。 乗車中の市電の座席で 開いた入り口のドアから ひらひらと降り続ける雪に見入り、 ああ、まっしぐらだと感じました。 それはそうと ちょっと言いたい。 自分の性格のわるさを前提として ちょっと言いたい。 なじみの店がね SNSで紹介されていること よくあるじゃないですか。 そのとき、 ちょっと嫌な気分になること ぼくだけですか? よく行く食堂が よくわからん インフルエンサーみたいなもんに 穴場的!むかしながらのーとか ノスタルジック!ほっこり料理とか しょうもないコピーでくくられて 広められているのを見ると なんかモヤっとします。 これは よくある ニワカを軽んじる 古参の図式なのだろうか。 俺様はもっと前から知っていた。 という自己アピールだったら ちょっと恥ずかしいと思う。 スポーツでよくあるよね。 あるチームが活躍して 注目度が高まったとき 古参がニワカを馬鹿にするケース。 あれは、好きじゃない。 ニワカはファンの入り口だし 新しい流れができてこその存続だ。 それを否定するのは 自分のことしか 考えていないのだと思う
2025.1211 木
そういえば この前の地震で テレビのアナウンサーが 避難警告をしているとき、 その声をこわいと思わなかった。 こんなたいへんなときに 自分の家族を心配したいところ 職務をまっとうして 頭が下がる想いになった。 それがどうしたと思うかもだけど、 自分にとっては 大きな変化で 後からじんわり驚きかみしめた。 能登半島地震のとき。 あれは、2024年の元日だった。 にぎやかな正月特番を観ていた。 テレビは地震の速報に切り替わり、 女性のアナウンサーが 大きな声で避難勧告をしていた。 逃げて。 心の奥からザワザワと 恐怖の気配を感じていた。 その報道から離れられなくなり しまいには ソファーの上で うずくまるように寝てしまった。 青ざめて 体温がゆっくりと 下がっていくように 意識がフェードアウトした感覚を 今でも覚えている。 それは、死だった。 逃げて!を浴びて ゆるやかな絶望に包まれ 動けなくなってしまって 気づかないうちに眠っていた。 居間に出てきた息子に 起こされたのを覚えている。 部屋は真っ暗で テレビの中の 大混乱は夢じゃなかった。 このアナ
2025.1210 水
札幌は、昨日も少し揺れました。 でも、 ニュースは見ていません。 SNSでもチェックしていません。 ひとまず 身のまわりは大丈夫なので 情報を追わないことにしました。 あとは、みんなの無事を祈る。 友人・知人、 会ったことのない人も もう会うことのない人も含めて みんなの無事を祈って寝ます。 2018年の 北海道胆振東部地震のとき ニュースもツイッターも ずっと見ていて ただ疲れた記憶があります。 なにが起きているのか なにが起きるのか わからない不安で 不安ににのめり込むように 情報をチェックしていました。 そういうときって 漠然とした不安を やっぱりかと立証するために わざわざ不安な情報を 自分から収集している感じです。 ニュースは 何時間も前の 混乱状況や被災状況を 何度も繰り返し流していて 肝心な今の情報がわからなかった。 今を知りたい。 今をわかりたい。 今を感じたい。 今を生きたい。 ただそれだけ。 それだけなのに。 うっかり 今をないがしろにしている。 それに気づいた。 先のことを計画するのは いいことだと思う。 だけど、 先ばかり
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