top of page

2026.0521 木

  • 5月21日
  • 読了時間: 2分

昨日、

そんなことを思い出した。

べつに、まだ得意ではない。

思い出した余韻で

ひとつ気づいたことがある。


人前で話すのが苦手だったから

ぼくは、書くことを選んだんだ。

話すと書くは違う。


話すの前提に

頭ごなしに否定されたり

言葉を塞がれたりを

タイムリーにされてしまう。

という

自分ならではの怖れがあった。


それに比べて

書くのは

言いたいことを整理する

時間をとれるし

よほどのことがないかぎり

途中でジャマされることもない。

自分にハンドルがある。

消したり

修正したりもできる。

精度を高められるし、

保険がきくような

消極的な理由も含めて

好んでいると思う。


作文が得意だった。

見たこと聞いたこと

感じたことの経験が蓄積され

そのストックから

マッチした場所に出す。

そんな感覚が

むかしからある。


そのなかでは

自分の意見を述べることを

許可できていたんだと思う。

その勇気を

わずかながらも放棄しなかった。


なにを書いてもいい。

なにを書くのを決めるのは、

わたししかいない。


話したいより

聞いてほしい。

話せなくても

伝えたいから

書いてきたんだ。

伝えたいの先には

わかりあいたいがある。

それを希望に

想像力と書くことを

磨いてきたんだと思ったら

たまらなく愛おしい。

わたしの才能を

抱きしめてあげたい。


孤独は

わたしだけの領域として

クリエイティブの生まれる

余白となって育まれている。


今日もごきげんでありましょう。


最新記事

すべて表示
2026.0605 金

いま、なんか飛んでたな。 父が言った。 彼は今、 特別養護老人ホームにいて パーキンソン病で レビー小体認知症がある。76歳。 幻視という 存在しないものが見えるという 症状があると言われている。 いま、なんか飛んでたな。 父がそう言ったとき うん、なんか飛んでたと答えた。 はなしを合わせたわけではない。 偶然かもだけど、 ぼくも 同じことを感じていた。 ただ言わなかっただけだ。 なんかの 光の

 
 
2026.0604 木

蜂が入ってきまして。昨日。 事務所の窓を開けていたら、 いつの間にか わりと大きな蜂が飛んでいる。 今年もそういう季節か。 実は、 蜂が入ってくることに すっかり慣れています。 かれこれ、 15年くらいになりますか。 この事務所は 毎年、蜂が入ってくるんです。 そうなんです。網戸がないんです。 あたたかくなってきて 窓開けたくなると 入ってくるんです。蜂が。 たぶん そんなこと書いた投稿が アーカ

 
 
2026.0603 水

言葉なんて、なかった。 もともとは、なかった。 いつくらいのことだか 忘れてしまったけれど、 言葉がなくても なにも困らなかった時代がある。 以心伝心。 テレパシーみたいな感覚だろうか。 そのメカニズムはわからなくとも、 なんかできていたんだと思う。 AIが登場しては、 パソコンが登場しては、 なにかと、 旧来の大切な概念や 人間の持つ能力みたいなのが 薄くなるような 嘆きや懸念を耳にする。 言葉

 
 
bottom of page