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2026.0417 金

  • 4月17日
  • 読了時間: 2分

春うらら。

うららうらら、うらうらら。

ちらほらほらほら

早咲きの桜が顔だしている

さっぽろですよ。


この陽射しを浴びて

春到来のやっとやっとの

わくわくした気持ちって

うまく言葉にできません。


自然の

意図されていない

美しさにふれたときの

なんともいえない心の手ざわり。


きれい。

それでも足りない。

めっちゃきれい?

それは品がないか。

感動した!って言うと

ちょっと声が大きすぎるような。

そんなふうに

日常の中にも

言葉にしきれないような

感覚や感情があると思います。


それは

想いを言葉に

できないわけじゃない。


「愛」だってそう。

言語として「愛」と

表現されているけど、

それだけじゃ足りないような

カラダにわいてくるような

血にめぐるような

温度とともに体感している

なんらかの「もの」なのは

間違いないだろう。


だからこそ

本当に感じたとき

それを言葉にすると

本当の想いが

薄まってしまうような

言い足りなさが生まれる。

つけたすのも余計で

ちょうどいいこれ!がない。


それでいい。


その言葉になりきらないほどの

あたたかい想いは

言葉になんかしなくていい。


言葉にしきれない

余白に身を置いて

余熱をほのほの浴びていたらいい。

気のすむまで。

目を閉じて、呼吸をして、

胸に手を当てて、

ただただ、感じてみるのがいい。


言葉には力がある。

それを知っている。

だからこそ

言葉の無力さも

大切に置いておきたい。


愛も幸せも

健康も爆笑も

本当は言葉にできない。

その逆で

憎しみも不幸も

病気も涙も

やっぱり言葉になんかできない。


しなくていい。


言語化がえらい風潮は

クソだと思っている。

言葉にできないのが

ダメなんかじゃない。

言葉になんかできない

想いがあるだけなんだ。

わかってあげたいけど

わかってあげられない。

そんなときこそ

わかってみたくなるまで

じっとそっと

抱きしめてあげたらいい。

わたしが

わたしをただ

感じてあげたらいい。


たのしい。

かなしい。

うれしい。

やさしい。

さみしい。


それでも浮かぶ

バカみたいな

シンプルな言葉だけ

ちょっとそこに貼っておいて

一緒にいてあげたい。

そう思います。


そういう考えの人が

文章教室をやっています。

技術もね

ちゃんとシェアします。


週末もごきげんでありましょう。

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