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2025.0227 木

朝に食べる

目玉焼きが好きです。

毎日だっていい。


ふちはカリカリに

黄身はとろりと焼きたい。

水はつかわず

蓋をしないで

弱火でゆっくり。


そのこだわりは

ずいぶん前にも

書いたことがある。

目玉焼き専用の

鉄のフライパンを持っている。


こだわりに

とらわれている。

執着に近いくらいだ。


大人になって

なぜこれほどまでに

目玉焼きを大切にするのか。

その原点は

子どものころにさかのぼる。


結論から先に言うと

朝食の

冷えた目玉焼きを

本当は食べたくなかったんです。


小学生のころ

母親は朝が苦手で

朝食は

じいさんが担当していました。

じいさんは早起きで

4時くらいに起きて

自分の朝食をつくる。

そのとき

一緒に孫のぶんもつくる。

なんだけど

ぼくら起きてくるときは

目玉焼きが冷えているんです。


その冷えた目玉焼きは

ゴマ油で焼いているので

その風味と冷えの

マリアージュが苦手だった。


だけども

せっかくつくってくれている。

残しちゃダメだと思った。

せっかくと思いたいのだけど

おいしくない。

本当は

お母さんのつくる

朝ごはんを食べたかった。


思えば

毎朝、下痢してたんですよ。

しばらく

ゴマ油も苦手になっていた。


でも言えなかった。

お母さんを困らせてしまうから。

ぼくたちのことで

疲れているのかもしれないし

ゆっくり寝てほしかった。

じいさんの

目玉焼きがおいしくないことも

もちろん言うつもりもなかった。


そんな想いを

胸の奥にしまって

忘れたように過ごして

大人になったんです。


しまいこんでいたんだよね。

だって、傷だもの。

ふれたくないよね。


そして

ぼくは

大人になって

目玉焼きを大切に

焼くようになった。


あんまり大切にしているので

その理由はなんだろうと

奥をのぞいてみたら

目玉焼きをつくって

ほめられた

体験があったわけでもなく

まさか

傷が出てくるなんてね。


冷えて

ごま油のにおいのする

まずい目玉焼き。


そりゃあ

大切にするよ。

深く深く

なっとくしました。


これからも

わたしは

わたしに

おいしい目玉焼きを焼く。

そして

大切な人が

愛を込めて焼いてくれる。


そして

あのとき

我慢して食べて

想いをとじこめた

子どものぼくの

優しさをいたわりたい。


今朝は

シェウエッセンを添えました。

目玉焼きの上に

山椒漬けをのせます。


今日もごきげんでありましょう。

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